特別エピソード・新たな幸せ
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前日から降り出した雨は止むこともなく降り続き、初夏だというのに少しひんやりとした日だった。
結婚した当初ならば長雨や大雨が降るたびに河川の状況を確認しなければなかったが、今ではその心配をしなくても過ごせるようになっている。
我が父ながらいい仕事をしてくれたと思う。
「フェリー? 体調はどうだ?」
すっかり大きくなったお腹に触れながら、ミューゼ様が私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、何ともないわ」
臨月を迎えた私は、出産予定日を三日後に控えている。
エリオンを産んで四年。二人目の子供がお腹の中で生まれ出る日を待っているのだ。
エリオンの時よりも小ぶりなお腹だけど、随分暴れる赤ちゃんで、きっと元気いっぱいに産まれてくるだろうと想像している。
「妹! この子は絶対妹!」
私の妊娠が分かった時、エリオンは私のお腹に触れながら嬉しそうにそう言った。
それが的中するかは分からないけど、私も女の子じゃないかと思っている。
「今日は冷える。きちんと暖かくしていないと駄目だろう」
ミューゼ様は相変わらず私に過保護である。
少し肌寒いといっても、しっかりと着込まされている為寒くはないのに、肩にショールをかけてくれるミューゼ様。
「しっかり着込んでいるから大丈夫なのに」
「油断大敵というだろう? あとでミヤを呼ぶから、それまでは暖かくして休んでいるように」
「今日は診断の日ではないけど?」
「予定日まであと三日だ。いつ何が起きても不思議ではないからな。ミヤには昨日から屋敷に泊まってもらっている」
「そうなのね……」
「当然だ!」
ほらね、過保護である。
ミューゼ様は今では公爵の仕事の半分を任されるようになっており、昔のように四六時中私にベッタリという訳にはいかなくなっているのだが、時間が空くと必ず私の元へとやってきてくれる。
「これも飲むといい」
手渡された白いティーカップには、ミルクコーヒーに似た液体が注がれている。
この中身はたんぽぽコーヒーのカフェオレだ。
この世界にもコーヒーなどのカフェインの含まれる飲み物は存在しており、それが妊婦には良くないということも常識である。
もちろんアルコールもご法度。
でもまさか、たんぽぽがコーヒーの代替品として飲まれていることは把握しておらず、前世で何となく聞いたことがあったたんぽぽコーヒーを、自分が嗜むようになるなんて思っていなかった。
ミューゼ様が煎れてくれるたんぽぽコーヒーはミルクたっぷりで、ほんの少しだけ蜂蜜の甘さがして、飲むと心まで温かくなるような優しい味がする(気がする)。
「では、仕事に戻る。何かあったらすぐ呼んでくれ」
「分かってるわ。お仕事頑張ってください」
「ああ」
部屋を出ていくミューゼ様を見送り、ソファーに腰掛けてたんぽぽコーヒーを一口飲んだ。
次の瞬間、大地が裂けるほどの轟音が響き、屋敷が少し揺れた。
「キャァァァ!!」
窓から見えた閃光で落雷だと分かったものの、驚きのあまりとっさにその場にうずくまってしまっていた。
「大丈夫でございますか?!」
侍女達も驚いたのだろう。数十秒してからやってきたのだが、私を見て表情を変えた。
「まずいわね、破水してしまったみたい」
「ミ、ミヤ様を呼んできます!」
そう、破水してしまったのだ。ドレスで分かりにくいが、足元に小さな水たまりが出来ている。
だけど、まだ陣痛らしき痛みはない。
破水などの知識はこれまでにミヤ様やミューゼ様にみっちりと叩き込まれているため、焦りはなかった。
出産が近付くと原因不明だがこのように破水することが稀にあるのだそうだ。破水すると通常は24時間以内に陣痛が始まり出産の流れになる。
それ以上の時間が経過しても陣痛が始まらない時は危険であると言い聞かされている。
だから大丈夫……。本当は不安でしょうがないのだが、自分に言い聞かせた。
ミヤ様と共にミューゼ様もやってきて、不安そうな顔でエリオンがセナ様と共に部屋の入口からこちらを覗いているのが見えた。
「大丈夫よ」
エリオンを安心させるように微笑んだ。
「エリオン、大丈夫だ。お前の母は強い人だ。心配はいらない」
ミューゼ様がエリオンの頭を撫でると、ようやくエリオンは安堵の表情を浮かべたのが見えた。
「今夜辺り陣痛が始まるだろう」
ミヤ様の宣言通り、夕方から少しずつ痛み始めたお腹は、夜になると苦しいほどになり、でもまだ陣痛の間隔が少し長いため痛みに耐える他なく、私は陣痛の波が来るたびに呻き声を上げている。
「痛い? 大丈夫?」
「その痛みを引き受けられたらいいのだが……」
心配性のミューゼ様とエリオンは私に張り付いて離れようとせず、エリオンに至っては小さな手で一生懸命お腹や腰をさすってくれている。
本当はミューゼ様がそれをしたいようなのだが、エリオンの手前我慢しているようだ、顔で分かった。
「間隔が七分になったな……」
時計を片手に陣痛の間隔を計っていたミューゼ様。まだ七分……道のりは遠そうだ。
「今のうちに何か食べておけ」
ミヤ様に言われ、痛みが引いている間に水分補給と果物などの軽食を口にした。
夜九時をとっくに回った頃、私の陣痛の間隔はいつ産まれてもおかしくないものへと変わった。
エリオンの時にも体験していたはずなのだが、母が言った「産んだら忘れるもんよ!」の言葉通り、これまでこの痛みなんてすっかり忘れていた。
腰やお腹を内側から引き裂くような強烈な痛み。脂汗が吹き出し、みっともなく顔は歪み、呻き声が自然と口から出てしまう。
痛みから逃れたくて身をよじるけど逃げられるはずもなく、ただ耐えるしかない。
こんな姿をエリオンには見せたくないのに、エリオンは頑なに私のそばを離れようとせず、小さな声で「頑張れ! 頑張れ!」と呟きながら私の背中をさすっている。
「大丈夫よ」と言ってあげたいのに、思うように言葉が紡げない。
すがるようにミューゼ様を見ると、全てを悟ったような顔で彼が頷いた。やはりミューゼ様だ。
「エリオン? フェリーはお前にこんな姿を見せたくないようだ。苦しむ姿を見せたくはない母心だろう。お前はどうしたい?」
「僕は、お母様を応援したい!」
「ふむ……そうか……よし」
え?! よし?! 今、よしって言いました?! そこは無理にでも部屋から出すべきところじゃないの?! よしって何よ!! なんでこんな時だけ私の意思を尊重してくれないの?!
きっと陣痛の痛みも相まって気が短くなっていたのだろう(後から考えたらそうとしか思えない)。私の中で何かがプチンと切れた音がした。
「って、違ぁぁぁぁぁあああう!!」
思い切り声を上げた拍子にお腹に一気に力が入り、メリメリとした痛みと何かが体内から飛び出してくる感覚がして、その後一気に痛みが引いた。
「産まれたぞ!! 女の子だ!!」
ミヤ様の声が聞こえ、その後乾いたペシペシ音がし、その子は元気よく産声をあげた。
え?! こんな産まれ方でよかったの?! とぼんやりと思ったけど、ミューゼ様もエリオンも泣きながら喜んでいたので黙っておいた。
「やや小さいが、問題なく元気な子だ」
湯で体を洗われ、真新しい肌着に身を包んだ二人目の我が子は、エリオンよりも全体的に小さく、髪色は私にそっくりだった。
「お母様と同じ髪色だ……この子が僕の妹……」
エリオンが頬を撫でると、赤ちゃんは口をほの字にすぼめた。
「うわぁ、可愛い!!」
赤ちゃんに夢中のエリオンを後目に、ミューゼ様が私の髪を優しく撫でてくれていた。
「よく頑張ってくれた……フェリー、ありがとう……疲れただろう……」
大きい手で頭を、髪を撫でられているとそれだけで心地よく、そのまま眠りに落ちそうだったのだが、そう思ったのは束の間で、なぜか気持ちが昂ったように眠れなくなってしまった。
「産後そういう状態になるものもいる」
ミヤ様がそういうのでそんなものなのだろうと思ったのだが、無駄にテンションが高いので目がギンギンに冴えてしまい、ミューゼ様とエリオンにとても心配されてしまった。
「寝なくても大丈夫?」
「目をつぶっているだけでも違うのではないか?!」
「大丈夫よ、平気平気」
ヘラヘラと笑う私を見て、ミューゼ様とエリオンは顔を見合せて頷いた。
「休めと言っても聞かない悪い奥様だ」
そう言いながらベッドに入ってくるミューゼ様。
「久しぶりに一緒に寝ようね、ママ」
エリオンがわざと「ママ」と甘えた声を出しながらベッドに潜り込んできた。
後ろから私を抱きしめるミューゼ様と、前から私に抱きつくエリオン。なんですか、このご褒美は!! 最愛の大好きな旦那様と、同じく最愛で大好きな息子に前後から抱きしめられるなんて、これ以上のご褒美ってある?! ないよね?! ね?! ね?!
「ママ、一緒に寝よ?」
「フェリー……」
目眩がしそうなほどに幸せな抱擁。二人の体温がまた心地よく、さっきまで興奮していた気持ちが落ち着いてきた。
ミューゼ様に優しく頭を撫でられ、エリオンに抱きつかれ、私はいつの間にか眠りの中へと落ちていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「寝たか……」
出産を終えて興奮状態に陥ったフェリー。
陣痛を経ての出産は体力を極限まで消耗させるはずなのだが、フェリーは体を休めようとはしなかった。
眠って欲しいと思ったが、気持ちが昂っているようでなかなか眠ろうとしない。
エリオンと目が合うと、考えていることは同じだったようで、三人でベッドに入った。
ようやく眠ったフェリーと、一緒に寝てしまったエリオン。
俺に似ているところが多いエリオンだが、こうして眠っていると横顔はフェリーに似ている。
まだ四歳だというのに大人びた息子に、少々昔の自分を重ねてしまうが、エリオンは俺より器用なので心配はいらないだろう。少々器用すぎる節があるので違った意味合いで将来が心配ではあるが。
「さて……」
そっとベッドを抜けて、別室で眠る、生まれてきたばかりの我が娘と改めて対面した。
「フェリーにそっくりだ……可愛いな」
フェリーと同じ髪色の娘は、小さな手を軽く握ってスヤスヤと眠っていた。
「可愛いわねぇ♡」
「可愛いなぁ」
父と母が張り付いていて非常に邪魔である。
「邪魔だな……」
思わず口を出た言葉に母がすかさず反応し、こちらを不服そうに睨んできたが無視した。
また一人、守るべき存在が増えた。
この幸福を俺に与えてくれたフェリーには本当に感謝しかない。
愛情は固定された量しかなく、増えるものではないと思っていたが、フェリーを愛し、エリオンという愛する息子が生まれ、可愛らしい娘まで生まれた今、それは違うのだと理解した。
愛情は増えていくものなのだ。
愛すべき存在が増えていくたびに際限なく増えていく、それが愛情なのだと思う。
減ることはなく、緩やかに形を変えながら増え、心を豊かにしてくれる。
それがあるからこそ、俺はこれからも強くいられる。強くありたいと思える。強く、優しくありたいと心の底から思える。その対象はもちろん愛するフェリーと我が子達だけだが。
他に優しさなんて与えてなんになる? 虫どもが無駄に湧くだけだ。
俺はこれからもこんなふうにしか生きられないだろう。
限定的な愛すべき対象だけを愛し、守り抜いていく。
そんな俺の人生は、間違いなく幸せで、この上なく満たされている。
誤字報告ありがとうございます♪
どれだけ書いてもなくならない誤字……もはや病気です(爆)
誤字報告いただきましたが、編集過程などで文字を開く(漢字をかな表記にする)ように指示されたものについては漢字で書いていません。
なので誤字報告いただいても直しません。
ご了承くださいm(_ _)m