番外編 スザンナの場合
私はスザンナ・ヘリズリー。
元ライエンス伯爵令嬢、現次期辺境伯夫人である。
王都から随分と離れた地に領地を構えるヘリズリー辺境伯の一人息子であるハリエ・ヘリズリーとは13歳の時に婚約して、以降年に2度の逢瀬だけで結婚した。
ハリエは次期辺境伯に相応しくとても逞しい体と厳つい見た目をしているのだが、実は人見知りで恥ずかしがり屋な可愛らしい一面を持っている。
但し、とにかく顔が怖いので人見知りだとか恥ずかしがり屋だなんて誰も思わず、女性からは怖がられ、男性からは何を考えてるのか分からないと遠巻きにされているちょっと気の毒な人でもある。
私も最初の頃はハリエの顔がとにかく怖くて近付きたくなかったのだけれど、わざわざ私に会う為だけに辺境から10日も掛けて馬でやって来る(馬車だと20日)彼を邪険にする事も出来ず、彼の良い所を探してみようと頑張っていたら、気が付いたら私の方が彼に夢中になるというミイラ取りがミイラになる状態になっており、漸く結婚出来た時は幸せ過ぎて本気で泣いた。
*
「スザンナ、君に手紙が届いているよ」
国境の砦の見回りに出ていたハリエは、帰宅するなり私に手紙を渡して来た。
「差出人は君の友人のフェリー夫人のようだよ」
「フェリーから?!」
ハリエの手から手紙をひったくるように受け取ると早速封を切った。
「フェリー達の結婚式の招待状だわ!そうね、もう出産から1年が経つのね。早いわね」
私達の結婚式はフェリーが出産して2ヶ月後だった為フェリーは出席出来なかった。
「絶対に出席するわ!」と言っていたが、フェリーの臨月が私達の結婚式の前だったから無理だろうとは思っていたし、ウエディングドレス姿はハリエより先にフェリーとオリーヴには見せていたのでそれだけで充分だと思っていた。
フェリー達の式に私は何がなんでも出席するつもりでおり、それはハリエにも前々から伝えてあったので、私達はその日に向けて早速予定を調整する事になった。
私の方はそれ程予定は詰まっていなかったが、ハリエの予定は細かく詰まっており、最低でも往復の距離を考えると1ヶ月半は予定を空けなければならず大変そうだったので「私1人で行くわよ?」と言ってみたのだが、ハリエは「僕も一緒に行くに決まってるだろ?君を1人で行かせる事なんて考えられないよ」と2人で行く事は決定事項だった。
そりゃあね、夫がいるのに妻が1人だけで友人の結婚式に出席するなんて不仲を疑われてもおかしくない状況ではある。
だけどハリエはとても忙しい身なのでその点はフェリーもフェリーの旦那であるあのイケ好かない男も知っているので問題はないのだ。
何故ハリエが忙しい身なのかと言うと、それは国王のせいである。
ハリエの父であるモーリス・ヘリズリーは本来であれば国境の砦を守る為に辺境の地の守護者として君臨していなければならないのだが、城に呼ばれていて帰れない為にハリエがモーリスの代わりに辺境の守護者の役割を担っている。
義理の父であるモーリスは文武両道な人物で、国王は宰相として迎えたかったようなのだが、辺境伯当主にならなければならなかった為に泣く泣く諦めたのだという話はとても有名で、その息子のハリエが結婚したのを機にまんまとモーリスを城へと呼び寄せた国王がモーリスを手放そうとしないのでその皺寄せが全てハリエに来ているのだ。
迷惑な話である。
そのせいで新婚旅行にも行けず、本来であれば仕事もせずに甘く過ごすはずの蜜月すらもなく、慌ただしい日々を過ごしている。
国王は義父を何かしらの大臣のポストに就かせたいようなのだが、義父にはそのつもりはないようで、近いうちに帰るとの報せだけは届いているようだが、それもどうなる事か分かったものでは無い。
普段は穏やかそうに見える(でも体格は熊のよう)モーリスだが、怒らせると手が付けられない一面がある為、本気で帰ろうとした場合きっと国王だとて止められはしないだろうが、怒りの沸点がとても高い(滅多に怒らない)人なのできっと泣き付かれて終わるのではないかと思っている。
義理の母であるシェリーナもモーリスと共に王都に行っている為、新婚夫婦だけの生活ではあるのだが、如何せんハリエが忙し過ぎて新婚の甘さなんてあまりない現状なのだ。
*
ハリエは何とか日程を調節してくれてフェリーの結婚式に2人で出席する事となった。
1週間後には王都へ向けて出発するのだが、この所私の体調があまり芳しくない為ハリエはとても心配している。
何処がどう悪いのかハッキリしない、何ともモヤモヤした気持ちの悪さが続いており、だからといって医者に診てもらう程の事でもないので様子見をしているのだが、流石に1週間後に王都へ向けて出発するので診てもらった方がいいとハリエに押し切られ、これから医者による診察を受ける事になってしまった。
辺境伯領には医者は1人しかおらず、白髪の小柄なモンテルという医者は人間から動物まで診る事が出来る貴重な人材だ。
体温を計り、問診を受けた結果はすぐに何故かハリエに伝えられ、ハリエが診察を受けている私の部屋に乱入してきたのには驚かされた。
「子が!子が出来たのだな!僕達の子が!」
「え?!子供?!嘘?!」
「おめでたですよ、奥様」
いやいや、そういう事はまず私に言わないの?!と言いたかったが、ハリエの余りの喜びようにそんな言葉は飲み込んだ。
「まだ妊娠2ヶ月といった所でしょう。安定期に入るまでは流産の危険性が高い為あまり無理はなさいませんように。特に馬車での長距離移動等は許可出来かねます」
「...え?友人の結婚式に出たいのだけど」
「距離は如何程でしょうか?」
「王都まで行きたいのだけど」
「...許可出来ませんな」
「そんな...」
「スザンナ...残念だけど式は欠席しよう」
「.........はい」
泣きたくなる程行きたい気持ちはあったのだが、お腹の中に宿っている新しい命を危険に晒す訳にはいかないので、フェリーには早馬で欠席する旨とその理由を認めた。
フェリーの結婚式の前に返事が届き、その手紙には私の妊娠を自分の事のように喜んでくれるフェリーの文字が踊っていた。
『絶対無理しないようにね!結婚式なんて欠席でいいわよ!スザンナと赤ちゃんの安全が第一よ!それに、スザンナの妊娠が何よりのお祝いだわ』
そんな文の後には妊娠中の注意事項が育児書並に書き連ねてあり、もはや手紙とは呼べない分厚さになっていた。
私の妊娠はすぐに王都にいる義理の両親と私の両親にも報せられ、義理の両親が王の懇願も無視して帰って来たのには驚かされた。
「もう呼ばれても行かん!今まで私がいなくても何とかなっていたんだから自分達で何とかすればよろしい!」
孫が出来る事が楽しみで仕方がないらしく、義父はそう言うと本当に国王からの呼び出しを徹底的に無視し、王からの使者に泣き付かれても否の返事しかせず、最後には王が諦めたようだ。
義母も大変喜んでくれており、「男の子かしら?女の子でもいいわ!元気に生まれてきてくれたらそれで充分」と言いながら私のお腹を嬉しそうに眺めている。
優しい家族に包まれて私は出産を迎えたのだが、この出産というものがこれ程までに痛く、苦しく、大変なものだとは思っていなかった。
『フェリー、よくこんな出産を乗り切ったわね!』
何度となく気を失いそうになりながら思った事がこれだったとは誰も思わないだろう。
私は難産だったらしく、陣痛が始まって2日経ってやっと女の子を出産した。
途中、余りにも苦しすぎて、私の手を握るハリエが鬱陶しく感じて何やら暴言を吐いてしまったが何を言ったのか覚えておらず、後で何か良からぬ言葉を吐いたなと思い出した時は本気でハリエに謝罪した。
「あれだけ大変な出産だったんだ、精神的に参ってしまってもおかしくない。僕は全く気にしていないよ。それよりも命懸けであんなに可愛い子供を産んでくれた君に感謝しかないよ」
あー、この人と結婚して良かったなぁと本気で思った。




