番外編 リリンの恋・前編
番外編その2、リリンの恋です。
当然リリン視点になります。
私の名前はリリン・ネガン。
ネガン子爵家に養女として迎え入れられた元平民だ。
私にはちょっと忘れ去りたい黒歴史がある。
この世界に転生をした私は前世の記憶を思い出してやらかしてしまったのだ。
「私がヒロインよ!」って傍若無人、厚顔無恥な行動を繰り返し、今思い返せば非常に痛い、有り得ない、恥ずかしい事この上ない振る舞いをしていた。
今はもうそんな事は思っていない。
確かに大好きだった乙女ゲームの世界そのものって感じだし、攻略対象達もいたけど、ゲームの中とは性格は違っていたし、彼らもちゃんと生きていて、私なんかに攻略されるキャラクターではないんだってちゃんと理解出来た。
学園でのやっちまった言動のせいで友達らしい友達なんて出来なかった私だが、こんな私にも手を差し伸べてくれたシャーリン様には感謝している。
私の話をちゃんと聞いてくれたフェリー様にも感謝である。
冤罪まで吹っ掛けたのに許してくれたあの懐の広さにきっとミューゼ様もメロメロなんだろう。
学園を卒業した私は「好きなように生きていいのよ」という義両親に感謝しつつ、出版社でイラストレーターとして働いている。
少し前まではアリザさんの小説の設定集のキャラデザに関わっていたが、それも終わったので、今は前から計画していた『イケメン画集』を何とか出版させてもらうべく、ハーキンスさんと共に企画案を考えている。
ハーキンス・ロードンさんは私よりも6歳年上で絵画のパンフレット等を担当している人だ。
私の描いたイラストを気に入ってくれて、最近では一緒に行動する事が多い。
収穫間近の麦みたいな色の髪に蜜柑みたいな目をしていて、左目の下に泣きボクロがある。
その泣きボクロがちょっと色っぽかったりする。
攻略対象だと思っていた殿下達はトップアイドル級のキラキラ感や存在感を放っていたが、ハーキンスさんはカッコイイのにそういうのがなくて見ていてホッとする。
実は私、ハーキンスさんに恋をしている。
初めて会った時は髪はボサボサで薄汚れた服を着ていて、無精髭まで生やしていたので「うわっ!ヤバい人いる!」と思ったのだが、私のイラストを一番褒めてくれて、大きな手で頭を優しく撫でられてちょっとドキッとしたものの、その時はそれで終わった。
でも次に会った時はパリッとした仕事が出来そうって感じの服を着て、髪もしっかりと整えられ、髭もしっかりと剃っていて、その姿が大人の男って感じでカッコよくて、気付いたら目で追うようになっていて、いつの間にか好きになっていた。
今ではボサボサ髪に無精髭姿でもカッコよくて見えるんだから恋って不思議だ。
「この『イケメン画集』ってタイトルだけど、『イケメンカタログ』の方がいいんじゃないか?」
「そうですか?うーん、どっちでもいいけど」
「カタログは最近他国から入って来た新しい冊子の1つだろ?流行に敏感な女性の目を引くと思うんだが」
「あー、確かに!」
イケメン画集の事で話し合いをしている間も私の目はハーキンスさんに釘付けだ。
シャツのボタンを2個開けてチラッと見えている胸元も、話すと動く喉仏も、資料を指す細くて長い、少しだけ節が太い指も何もかもが妙に色っぽっくて困る。
「ちゃんと俺の話聞いてる?」
「は、はい!聞いてます!聞いてますとも!」
「ふーん...てっきり俺に見蕩れてるんだと思ったんだけど、違ったんだ」
「み、見蕩れてなんていません!」
「へー、そう...」
こういう時のハーキンスさんは何だか意地悪だ。
ドキドキするような怪しげな色気を醸し出しながら私をからかって楽しんでいる。
ハーキンスさんからしたら6歳も年下の私なんて恋愛の対象にすらならないのだろうが、こうやって一緒に仕事が出来て、時々からかってももらえるだけで嬉しいと感じている。
*
アリザさんと出版社で偶然会った私は、アリザさんに誘われて出版社のすぐ近くのカフェでお茶をする事になった。
最近アリザさんは前より綺麗になった。
私の予想では絶対恋の力だ。
そこまで踏み込んで聞ける程仲良くはないので相手がどんな人なのか知らないけど、私なんかよりしっかりとしているアリザさんが選んだ人なら素敵な人なんだろうなぁと思っている。
お互いの近況等を話していると視界の端に見慣れた麦色の髪が見えた気がした。
視線をそちらに向けると、ハーキンスさんがとてもグラマラスな大人の女性と話をしているのが見えた。
前に出版社で働く人がハーキンスさんにはパトロンがいるのだと言っていたのを思い出した。
画廊からの仕事はそんなに沢山は来ないのだが、ハーキンスさんは不思議と仕事が途切れる事がなく、それはパトロンのお陰なのだとか。
身なりの良いあの女性はハーキンスさんのパトロンなのだろうか?
胸がズキズキと痛い。
それからの私はハーキンスさんの事だけが気になり、せっかくアリザさんと一緒だったのに上の空だった。
「リリンさん、ハーキンスさんの事が好きなのね」
私の視線の先に気付いたアリザさんにそう言われてしまった。
「パトロンがいるって噂になってるけど、私、ハーキンスさんにはそんな人いないと思うよ?」
「そう、なのかな?」
「ハーキンスさんああ見えて凄く真面目な人でしょ?仕事はしっかりするし、フォローも欠かさない。だから仕事が来る、それだけだと思うな」
確かにハーキンスさんは仕事面では尊敬出来る程に真面目で真っ直ぐな人だ。
顧客の無理な変更にも直ぐに対応するし、どんなに小さな仕事でも一切妥協しない。
ハーキンスさんが手掛けるパンフレットはどれも素敵で、それを見たら「画廊に行ってみたい」と思える程の出来栄えだ。
低予算でも最高の物をと何度も画廊に足を運び、絵の作者にも会いに行き、忙しい時は出版社に連日泊まり込んでいたりする。
まぁ、そういう感じで仕事をしている人は出版社にはゴロゴロいるが、ハーキンスさんも例に漏れず仕事人間なのだ。
パトロンからの支援やコネで仕事を回してもらう人には見えない。
でも...。
さっき一緒にいたグラマラスな大人の女性はハーキンスさんと一緒にいてもとても似合って見えた。
ハーキンスさんにはあんな感じの大人の女性が似合うのだろう。
そう思うと泣きたくなった。