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ミューゼside
俺とフェリーの出会いは10歳の頃だった。
互いの家の利害が一致した為に交わされた婚約。
元々俺には同じ公爵位の令嬢との婚約が執拗い程に打診されていた。
ベルモント公爵家のカリーティア嬢。
カリーティア嬢が何処かで見掛けた俺に一目惚れをしたらしく、家格的にも問題ない家同士だった為に最初に打診があった時は婚約に乗り気だった父だが、慎重を期す父がベルモント家を調査した結果否と判断したようで立ち消えたのだが、その後も何度も何度も打診があり困っていた所に我が領地で大雨による河川の氾濫による被害が出てしまい、そういった方面に明るいロマンナ侯爵家と繋がりが出来た。
技術提供と資金援助を快く引き受けてくれたロマンナ侯爵家との繋がりをこの場限りに留めておく事を惜しんだ父が俺とフェリーの婚約を打診。
侯爵家と言えど歴史が浅く、何かと舐められる事が多かったロマンナ家は公爵家という後ろ盾が出来る事を喜び俺達の婚約が決まった。
親が決めたのならば俺は誰と婚約しようとどうでもよかった。
俺は将来公爵家を継ぐ者としての勉強さえしていればいいのだし、煩わしくなるだろうが何れ誰かとは結婚もする。
相手が家の為に役立つ者であれば好み云々は些細な事だと思っていた。
初めて会ったフェリーはとても可愛かった。
赤みの強い茶色の髪は室内と室外では色味を変え、日に当たるとルビーのように光り輝く。
柔らかい緑色の瞳はクルクルと表情を変え、雄弁で、思考が手に取るように分かる。
「この子が俺の婚約者か...」
妙に胸の辺りがムズムズした。
フェリーを前にすると何を話していいのか、何を話せばいいのか全く分からなくなり、元々口数が少ないのだが更に口数が減り、最初こそ笑顔を見せていたフェリーの顔から笑顔が消えて行くのが分かるのにどうすればいいのかすら分からなかった。
そうこうしているうちにフェリーは俺を放って庭でしゃがみ込んで鼻歌を歌いながら1人で何かを始め、気になった俺が見に行くと地面に小枝で謎の生命体を描いていた。
「...何を、描いているんだ?」
思わず声を掛けていた。
「見て分からない?これが犬で、こっちは猫、そしてこれは鳥よ!」
犬?!猫?!鳥?!
言われても全くそうは見えない。
「...下手過ぎないか?」
思わずそう言った俺にフェリーは頬をふくらませて「...別にいいでしょ!楽しいんだから!」と言った。
「楽しい?」
「うん、楽しいわ!あなたとただ座ってるよりずっと」
楽しいとは何だ?
俺は物心付いた頃から楽しいなんて感情を抱いた事がない。
自慢ではないが俺は見た目が良い。
そのせいで誘拐されかけた事もあったし、まだ幼い子供の俺に色目を使う気色の悪い女達にベタベタと触られる事もあった。
うっかり微笑もうものならそれだけで勘違いした頭の悪い女達が俺を取り合う事もあった。
だから表情を隠す事を覚えた。
父の仏頂面を真似れば近付く女はグッと減った。
俺が「好きだ」と言った物をやたらと贈ってくる者達が多かったから好きな物を作る事もやめた。
公爵になる為の勉強に打ち込む事で外部の煩わしさからも遮断されるようになった。
そんな事を幼い頃から続けていたからかいつの間にか子供らしさなんて失い、母からは「もー!子供なんだから子供らしくなさい!」などと言われるが実に子供らしくない子供に成長していた。
だから「楽しい」なんて感情もすっかり忘れ去っていた。
「私の事が気に入らないのは仕方ないわ!私達はどうせ政略結婚の道具なんだし!でも、だからって最初から私を睨んでばかりで話し掛けても無視する相手と一緒にいたって楽しくないじゃない!だからあなたも勝手にすればいいんだわ!私も私で勝手に楽しく過ごすから!」
その後フェリーに言われた言葉は衝撃的だった。
仏頂面と何を話していいのか分からずに黙っていた弊害が思わぬ形で跳ね返ってきたのだ。
睨んでいるつもりなんてなかった。
楽しそうに話をするフェリーを見ているだけで満足だったし、どう答えていいのか分からなかったから黙っていただけだったのだが、フェリーには何一つ伝わっていなかったのだ。
よくよく考えればそんな事は当然だと分かるのだが、あの頃の俺は幼すぎてそこまで考えが至らなかった。
それから俺は何とかかんとか話をするようにした。
フェリーに嫌われたくはなかったからだ。
どうして嫌われたくないのかその時は分からなかったが今ならば断言出来る。
俺は出会った瞬間からフェリーに恋していたのだと。
フェリーは俺の知らない俺を発見してくれた。
「私が下手だって言うならあなたはどうなのよ!」
そう言われて簡単に描いた絵をフェリーは手放しで褒めてくれた。
「凄い!上手!どうしてこんなに上手に描けるの?天才じゃない!凄い!凄すぎる!」
頬を染めて目をキラキラと輝かせて打算もなくひたすらに褒めてくれるフェリーの様子が嬉しくて、また褒めて欲しくて、俺はそれから毎年フェリーの肖像画を誕生日に贈るようになった。
受け取る度に「凄いわ!本当の私よりも数段綺麗に描いてない?画家になれるわよ!」と喜んでくれた。
俺としてはフェリーの愛らしさの半分も表現出来ていない不出来な絵でしかないのだが、フェリーは絵を受け取ると家族にまで見せては「凄いでしょ!」と自分の事のように自慢していて、その姿もまた可愛すぎた。
そして「楽しい」というものがどういうものなのか分かるようになった。
フェリーの事を考えながら絵を描く時間は楽しい。
フェリーが喜ぶ顔を思い浮かべると楽しい。
フェリーが楽しそうに話す姿を見ていると楽しい。
俺の楽しいは全てフェリーに直結していた。
フェリーといるだけで楽しく、幸せで満たされる。
「それが恋よ」
母は実に楽しそうにそう言った。
そうか、俺はフェリーに恋をしているのか。
自覚するともう止まらなかった。
フェリーの目に入る男共が嫌だと思ったし、その目に映るのが俺だけだったらと歪な考えすら浮かんでくる。
自分がこれ程までに狭量で嫉妬深い男だったなんて知らなかった。
だが悪くない。
フェリーの表情に、仕草に一喜一憂して振り回される自分が滑稽だったが好ましい。
今の自分が悪くないと思える。
母を溺愛している父の気持ちが分かった。
あの何時も仏頂面の父が母の前でだけは笑ったり涙目になる姿は何時見ても不気味だが、俺もきっとフェリーの前ではあんなに情けなくなってしまうのだろう。
自分の未来を見ているようで笑えたが、それを悪くないと思っている時点で俺は完全にフェリーに落ちているのだ。
私史上恐ろしい程にPV数が伸びていて「何が起きてるの??」とビックリしております。
沢山の方に読んでいただけているようで有難いです。
ありがとうございます(ㅅ˙ ˘ ˙ ) カンシャッッッ