番外編☆わたくし、幸せですわ
シャーリンとヘルドリアスの初夜のお話です。
シャーリン視点になります。
今日はわたくしとヘルドリアス様の結婚式。
色々とあったもののわたくしはヘルドリアス様と結婚する。
あれ程嫌っていたはずなのに、女性を口説くのが悪癖だと分かり、しかもわたくしを思わせる女性には声を掛けられないのだと知り、わたくしを前にすると完璧だと言われる王太子の仮面すら被れない程にどうしようもなくヘタレになるこの人をいつの間にか愛しく思うようになっていた。
わたくしの目すらまともに見つめる事が出来ない人だけど、わたくしの何気ない言葉に顔を真っ赤に染めたり、泣きそうな顔をしたり、どうしてそこまで?と思う程に落ち込んだりする姿は悪くないと感じる。
そう感じている事自体、ヘルドリアス様に絆されて来ている証拠なのだけれど、わたくし、結構幸せだと思うの。
愛するより愛される方が幸せになれるって言うでしょ?
わたくし、恐らく自分が思っている以上にヘルドリアス様に愛されているのだと思うの。
フェリーの旦那様であるミューゼ様と比べたらヘルドリアス様の愛情はまだまだな気がするのだけれど、ミューゼ様の愛は何だか少し狂気じみている気もしてわたくしには不向きだと思うし、あの愛を受け止められるのはきっとフェリーだけだと思うわ。
ヘタレで目も合わせられない、何だかクスッと笑える可愛らしい愛情位が丁度いいのだと思うのよね。
大司教様の有難いお言葉を聞きながらそんな事を考えていた。
誓いのキスの場面になり、わたくしのベールを上げたヘルドリアス様が何故か硬直してしまわれた。
痺れを切らした大司教様の言葉で我に返ったヘルドリアス様はわたくしにキスをしたのだけれど、直ぐに鼻を手で押さえたのが見えてハンカチを差し出した。
「ご、ごめん」
恥ずかしそうにハンカチを受け取ると鼻にハンカチを宛がったヘルドリアス様。
誓いのキスで鼻血を出すなんて情けないけれど、それだけわたくしとのキスで気持ちが昂ったのだと思うと可愛らしいと思うのよね。
絆され過ぎかしら?
披露宴の途中でわたくしとヘルドリアス様は初夜を迎えるために席を立ち、わたくしは侍女達に体の隅々まで磨き上げられ、明かりの下で見ると何とも恥ずかしく心許ない夜着を身に纏って、これからわたくしとヘルドリアス様の寝室となる部屋のベッドに腰を下ろしてヘルドリアス様を待っていた。
ベッドに腰を下ろした当初は心臓が耳に移動したのではないかと思う程に騒がしかった心音も、30分も過ぎると落ち着いてきて、1時間経つ頃にはすっかりと凪ぎ、1時間半を過ぎた頃には全く来ないヘルドリアス様に怒りを覚えて来ていた。
男性よりも女性の方が支度に時間が掛かるはずなのに、1時間半経っても来ないなんてどういう事なの?!
まさか、逃げた?
わたくしとの初夜が嫌になってしまわれた?
2時間が経過した頃には「もう今夜はいらっしゃらないのだわ」と諦めのような呆れのような気持ちになり布団に潜って寝てしまう事にした。
「シャーリン...シャーリン...」
体が揺さぶられ、ヘルドリアス様の声がして目を開けると、真っ青な顔をしたヘルドリアス様がわたくしを見ていた。
「どうされたのですか?」
あまりの顔色の悪さにただならぬものを感じた。
「まさか、毒でも盛られたのですか?!」
「いや、そうじゃないんだけどね...」
暗殺を疑ったが違うようでホッとした。
「ごめん、遅くなって...」
真っ青な顔のまま抱き締められたのだが、ヘルドリアス様の体はブルブルと震えていた。
「本当にどうなさったのです?このように震えていらっしゃるし。理由を教えてくださいまし」
「...笑わない?」
「笑いませんわ」
「...シャーリンを満足させられるのか?って思ったらもう不安で不安で仕方なくなって、そしたら胃が痛んできて立ってる事もままならなくなって、薬を飲んで休んでたんだ」
「...何ですの、それ」
「ごめん、本当にごめん、情けない僕で」
「ヘルドリアス様が情けないのはもう充分に分かっておりますから、謝る必要はありませんわ」
「でも、ごめん」
「では今夜はこのまま眠りましょう。無理する必要もございませんし」
「それは嫌だ!下手かもしれないけど許して」
こうしてわたくし達の初夜はぎこちなく始まったのだけれど、わたくし以上に緊張しているヘルドリアス様を見ていたら緊張するのすら馬鹿らしく感じてきてしまって、あまり固くならずに済んだと思う。
深い口付けをしながら鼻血を垂らすヘルドリアス様に若干引いてしまったが、瞳に涙を溜めながら必死に謝罪する姿は何だか愛くるしかった。
目で見て分かる程にブルブルと震える指で夜着のリボンを解く姿には思わず笑ってしまったけれど、笑われた事にすら気付かない程に緊張しまくりのヘルドリアス様の妙に真剣な顔に少しだけ胸がキュンとした。
漸くリボンを解くとわたくしの裸体を見て「うぐっ!」と言いながら卒倒しそうになったのだが、何とか持ち堪えてくれた。
泣きそうな震える声で「綺麗だ」「好きだ」「愛してる」「可愛い」「一生大事にする」なんて言葉を繰り返され、震える指で肌を撫でられ、優しく、だけど執拗に愛された。
「やっと、僕のものだ...シャーリン、絶対に離してあげないから」
事が済んだ後はすっかりと震えもなくなり、わたくしの目もしっかりと見る事が出来るようになっており「あぁ、成長なされたのね」と嬉しく感じたのだが、その成長ぶりをその後後悔する事になった。
「どうしよう、シャーリンが可愛すぎて止まらない」
何やら不吉な言葉を吐かれたヘルドリアス様は妖艶な笑みを浮かべるとわたくしの目をしっかりと見つめた。
「大好きだよ、シャーリン」
貪るような口付けをされ、太腿には何やらムクムクと膨れ上がる感触が伝わってくる。
「ちょっと!お待ちになって!これ以上は無理ですわ!」
「ごめん、僕も無理。たっぷり愛させて」
わたくし、この時初めてフェリーが零していた言葉の意味が分かりましたの。
興味本位で聞いてみた夜の営みの話の中で(詳しくは話してくれませんでしたけれど)フェリーが「ミューゼとの行為はとても幸せだけど...体力的にちょっと辛い、かな?」と言っていたあの言葉の意味が。
ヘルドリアス様の肌の温もりや、抱き合う事の喜びは確かに幸せですけれど、これ以上はわたくしの体力が持ちません。
気を失いかけるわたくしを「ごめんね...」と言いながらも甘く蕩けるような顔で見つめながらせっせと動くヘルドリアス様。
あのヘタレぶりは何処に行ってしまったの?と問いたくなる程に積極的に、甘く、時に少し強引に、だけど優しくわたくしの全てを暴きながら愛を囁く。
結局朝までわたくしを離さなかったヘルドリアス様は今、わたくしを抱き締めたまま穏やかな寝息を立てている。
体はとっくにヘトヘトで、もう身を起こす気力すらないのだけれど、幸せそうに眠るヘルドリアス様のお顔を少しの間堪能したいと思った。
「浮気なんて許しませんからね」
眠るヘルドリアス様にそっと呟いた。
*
それからわたくしが妊娠するまでの間、ヘルドリアス様は毎晩わたくしを求めて来て、その度に攻防戦が繰り広げられる事になろうとは、この時のわたくしは思ってもみなかった。
「シャーリンが可愛すぎるのがいけないんだよ」
「わ、わたくしのせいですの?!」
「だって、こんなに可愛くて愛おしくて僕を魅了して止まないシャーリンを前にして、我慢なんて無理」
「ちょっと待って!」
「待てない」
「嫌いになりますわよ!」
「えー!それは嫌だぁぁぁ!」
「では今夜はなしで」
「それも嫌だぁぁぁぁぁ!」
「今夜は手を繋いで眠りましょ」
「...せめて抱き締めさせて」
ふふふ、こんな事を言っては笑われてしまうかもしれませんけど、わたくし、幸せですわ!