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あれから月日は流れ、今日はヘルドリアスとシャーリンの結婚式。
王太子の結婚式ということで国中がお祭り騒ぎだ。
婚姻の儀を王城内の聖堂で行い、その後にパレードで国民に幸せな2人のお披露目があり、その後国賓を交えた招待客への披露宴が行われる予定である。
私達は婚姻の儀と披露宴に参加する。
式の妨げになってはいけないとエリオンは今日はお留守番である。
御屋敷の皆、特にメイド長が張り切っていて、「お世話はお任せ下さい!」と言われて送り出された。
厳かな雰囲気の中で始まった婚姻の儀。
真っ白い正装に身を包んだヘルドリアスが待つ祭壇へとシャーリンがシャーリンのお父様に手を引かれてゆっくりと歩みを進める。
シャーリンのウエディングドレスはパールのような光沢のある白いマーメイドラインのドレスで、歩く度に虹色のような光沢を放ち、その姿は息を飲む程に美しい。
ヘルドリアスの元まで進んだシャーリンの手をヘルドリアスが受け取ると、2人は祭壇の前に並び立った。
白に金刺繍の入った神聖服を身に纏ったこの国の最高司祭が婚姻の儀を宣言すると、何処からともなく流れ始めた聖歌隊の歌声が聖堂に響き渡った。
王族の婚姻の儀の時だけ歌われる特別なその歌は門出を祝い、幸多き未来を照らす意味合いを持つ古代語で歌い上げられる。
歌が終わると司祭が有難い祝詞を読み上げるのだが、この祝詞が実に長い。
この国の成り立ちから始まるその祝詞は実に1時間も続き、その間は誰も言葉を発する事は許されず、席を立つ事も禁じられている為に大半の参列者は精神をゴリゴリと削られていく。
参列者は座っていられるからまだ良いのだが、新郎新婦は立ったまま極力微動だにせずにその祝詞を聞かねばならず、ある種苦行である。
きっとそれを読み上げる司祭も相当大変だと思う。
祝詞の読み上げが終わったら古代語での誓いの言葉が交わされる。
意味合いは私達が式で交わした誓いの言葉と同じらしいのだが、古代語は王族と最高司祭にしか使えない言葉な為に聞いていても全く何を言っているのか分からない。
誓いの言葉を交わした2人は誓いのキスを交わすのだが、この時になってヘルドリアスの異変に気付いた。
花嫁のベールを上げる手が有り得ない程に震えていたのだ。
目で見て分かる程に震えるなんて大丈夫なの?と思ってハラハラと見守っていると、何とかベールを上げ切ったヘルドリアスはシャーリンを見て固まってしまった。
1分程経っても硬直したまま動かないヘルドリアスを参列者達は生温かい目で見守っている。
今ではヘルドリアスのシャーリンへだけのヘタレぶりは有名になっており、「本当に好きな人にはダメダメになる王太子」として国内外に不名誉な形で知れ渡っている。
だけど大多数はそれを好意的に受け取っており、「頑張れ!」等と国民はヘルドリアスを応援している。
「んっ、んんっ!」
痺れを切らした司祭が咳払いをした事で我に返ったヘルドリアスは「誓いのキスを」との声に弾かれるようにシャーリンにキスをした。
ホッとしたのも束の間、シャーリンがヘルドリアスの顔にハンカチを当てたのが見えた(鼻血)。
やっぱりヘルドリアスはヘルドリアスだった。
*
披露宴は大ホールで華やかに行われた。
沢山の料理やドリンクが並び、国賓から順番に祝いの言葉を伝え、その後は各々に楽しみつつ、披露宴は深夜過ぎまで続く。
新郎新婦であるヘルドリアスとシャーリンは初夜を迎える為に披露宴の途中で抜けるのが仕来り。
私達はヘルドリアスとシャーリンが会場を去ったのを見届けて帰宅した。
「殿下、流石に初夜でやらかさないわよね?」
「流石にそこでやらかしたら愛想を尽かされるだろうから、大丈夫じゃないのか?」
「でも式で鼻血出てたわよ?」
「...まぁ、何とかなるだろう。そこで何とか出来なければ男ではない」
どうか幸せな初夜を迎えられますように...。
その後シャーリンは半年後に懐妊し、王太子妃の懐妊に国中が沸いた。
*
そして今、私のお腹には2人目になる子供が宿っている。
エリオンは3歳になり、自分がお兄ちゃんになる事も理解しているようで、少し膨らんで来た私のお腹に耳を当てたり「聞こえる?」「早く一緒に遊ぼうね」等と声を掛けている。
自分がゲームの世界の悪役令嬢に転生したと分かった時にはこんな幸せな未来なんて予想出来なかった。
断罪されるか婚約を破棄される事が決まっているはずだった私の未来はゲームとは全く違う展開を見せた。
ゲームに限りなく似ていて全く違うこの世界。
その世界で私はこれからも生きていく。
愛する家族や友と共に。
実はミューゼ様は私が前世の記憶を持っている事は何となく気付いていたそうだ。
「だがそれが何だというんだ?それもフェリーを形取る1つだろう?ならば丸ごと愛するだけだ」
そんな事をサラッと言ってしまう私の愛する旦那様は今日も相変わらず素敵である。
「前世、と言うのか?そこではフェリーに恋人はいたのか?」
「いなかったわ」
「好きな男くらいいたのだろう?」
「いたわね」
「...妬けるな」
「ふふふ...私ね、前世でもミューゼの事が大好きだったのよ?」
「フェリーの前世に俺がいたのか?」
「いたというのとは少し違うわね。物語の登場人物の1人がミューゼだったの。私はそのミューゼが大好きで、実在しないミューゼに恋をしていたの」
「ならば、フェリーは俺と出会う為にこの世界に生まれてきてくれたのだな」
「そうね、そうだと思うわ」
優しく抱き締められ、頭に頬に首筋にキスが降り注ぐ。
「あー!お父様狡い!」
そんな私達を見たエリオンが駆け寄って来た。
昔は「ムー」とミューゼ様を呼んでいたエリオンだったが、ミューゼ様が必死に「パパ」と教えた結果1歳半頃にはパパと言えるようになったのだが、お兄ちゃんになるんだと分かった頃から「お父様」と呼ぶようになった。
「僕もママにキスする!」
私の事は未だに「ママ」と呼ぶ。
「お母様と呼ばないの?」
「だってママはママだもん!僕の大好きなママ!」
そんな可愛い事を言ってくれる。
この子も何時かは愛する人を見つけて、私の手の中から飛び立って行くのだろう。
そう思うと少し寂しい気もするのだが、それはまだまだ先の話。
私達はこれからもこんな幸せを積み重ねていくのだろう。
辛い事もきっとあると思うけど、ミューゼ様と一緒ならば何が起きても大丈夫だと思える。
私は、この世界で生きている。
これにて完結です。
これまでお付き合い頂きありがとうこざいました( ⑅ᴗ͈ ᴗ͈)♡
気が向いたら後日話や番外編を載せるかもしれませんが、本編はこれにて終了です。