57
披露宴も終わりに差し掛かった頃、私達の前にチェチェリーナを連れたマリオンがお祝いを言いにやって来た。
ヘルドリアスと同じく金髪に紫色の瞳のチェチェリーナは、流石ヘルドリアスの妹だ!と言える程の愛らしい美少女だった。
金色の長い髪は緩やかに波打ち、室内灯の光でキラキラと輝いている。
紫の瞳はパッチリと大きく、綺麗な二重に長い睫毛が大きな瞳を更に引き立てている。
丁度いいサイズ感の整った鼻と、瑞々しく形の良い小ぶりの唇。
リリンが小動物系美少女だとしたらチェチェリーナは凛とした妖精姫といった感じだろうか。
高貴な雰囲気がありすぎて迂闊には手を出せない感じのする美少女である。
チェチェリーナ、話してみるととても気さくな可愛い子だった。
「お兄様よりも絶対にわたくしが先にマリオン様と結婚すると思っていたのに」と言った言葉には笑ってしまったのだが、シャーリンの事が大好きなようで「シャーリンお姉様はお兄様には勿体ない!」と頻りに話していた。
「マリオン様?わたくし達の結婚式も子供と一緒に行ったら素敵だと思いません?」
「こ、子供?!いや、あの、それは」
「わたくし、今はまだマリオン様から見たら子供でしょうが、数年もすれば立派なレディになりますわ!そうしたらすぐにでもお嫁にもらっていただいて、わたくし達もこのようなお式を挙げましょう。ね!」
まだ11、2歳位なのにチェチェリーナはしっかりと女の顔でマリオンを見ているのが分かる。
マリオンはまだ「繋ぎの婚約者」だと思っているのかもしれないが、チェチェリーナがマリオンにぞっこんなのは手に取るように明らか。
2人が結婚するのはまだ先の事だろうが、快活で押しの強いチェチェリーナと、無骨でちょっと不器用なマリオンはとてもお似合いだと思う。
*
披露宴が終わり、来客者に挨拶をしていたらリリンがハーキンスと共に現れた。
「沢山の方にお祝いを言われていたからちょっと近付けなくて」
そう言ったリリンの手はしっかりとハーキンスと繋がれていた。
「もしかして?」
「はい!やっと恋人に昇格しました!」
「まぁ!おめでとう!」
リリンも上手くいっているようで良かった。
リリンは卒業後出版社とイラストレーター契約を結び、数ヶ月前に『イケメンカタログ』という画集を出版した。
何処となくその辺にいそうでいない、タイプの違うイケメン達のイラスト画集で、何の宣伝もなく出版されたのだが口コミであっという間に広まり、重版に重版を重ねる大ヒット画集となっている。
私も1冊もらったのだがミューゼ様に「そんなもの、見る必要はない」と取り上げられてしまった。
表紙のイケメンは何となくハーキンスに似ていた気がする。
「私達もいつか、ね?」
「うーん...リリンにもっと大人の魅力が出てきたら、かな?」
「それって私に大人の魅力がないってこと?」
「そんな直接的な言い方はしてないよ?」
不貞腐れて膨れっ面のリリンの頭をハーキンスが優しい顔で撫でている。
大人の余裕というのか、子供っぽいリリンをからかって楽しんでいるというのか...多分後者?
ヒューゴはヘルドリアスの代わりにする事があるということで欠席だったのだが、祝伝だけは届いた。
ミューゼ様の話によるとあのご令嬢(名前がどうしても思い出せないけど恥ずかしくて聞けない)と婚約目前だという話だ。
「カリーティア・ベルモント嬢だ」
「...何で分かるの?」
「フェリーの事ならば分かる」
そうですか。
*
式、披露宴共に無事に終わり、寝かし付けたエリオンはクリス様がホクホク顔で連れて行ってしまい、初夜を2人で迎えることになった。
初夜と言うのは違うと思うのだが、式が終わって初めて迎える夜だからと周囲が気を利かせてくれたのだ。
「ウエディングドレスのフェリーはいつもに増して美しかったな」
「タキシード姿のミューゼも素敵だったわ」
お姫様抱っこでベッドまで運ばれると、私を下ろしたミューゼ様は私の前に跪いた。
ミューゼ様の手には真っ白い台座に収まった2つのシルバーリング。
「これって...」
「結婚指輪、と言ったか?前にフェリーが話していたから用意した」
この世界には結婚指輪というものがない。
結婚式では誓いの言葉の後にキスを交わし、その後結婚成約書に互いにサインをして終わるのだ。
指輪は女性の指を飾る装飾品であり、男性が付ける習慣はなく、稀に付けている男性もいるがそれは特殊なお洒落(そっち系の人)だと認識されている。
判子代わりに指輪が用いられていたりするがそれはあくまで事務用品扱いで、指にはめるという概念がない為になくさないようにチェーンを付けて首から下げるか保管して使う時だけ出す程度。
ネックレスやピアスは男女共に身に付けるが、何故か指輪だけは女性の装飾品扱いなのだ。
何故だろう?
「互いの左の薬指に付ける指輪を交換するのだろう?」
「でも、男の人が指輪を付ける習慣はないじゃない」
「そんなものはどうでもいい。永遠の愛を誓うのだろう?これを付ける事でフェリーは俺の、俺はフェリーのものなのだと誓うのだろう?途切れない縁を結ぶのだろう?目に見える夫婦の証なのだろう?ならば付ける選択肢しかない」
「でも、ミューゼが変な目で見られるかもしれないよ」
「そんな事は全く気にならないから大丈夫だ。俺は目に見える永遠の証としてフェリーと指輪を交換したい。してくれるか?」
「嬉しい!勿論よ!」
ミューゼ様の前に左手を差し出すと、ミューゼ様が薬指に指輪をはめてくれた。
私も同じようにミューゼ様の左手の薬指に指輪をはめた。
「改めてフェリー、君に永遠の愛を」
「私もミューゼに永遠の愛を捧げます」
唇が重なり、少しずつ深く甘くなっていく。
私を宝物のように触れるミューゼ様の手がどうしようもなく愛おしい。
グズグズに溶かされて、2人が1つに混ざり合うような程に甘い夜は静かに更けていった。