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前半がフェリー、後半がミューゼ視点です。
臨月に入った。
ミヤ様からは「何時生まれてもおかしくない。何時もと違う事があったら直ぐに呼ぶように」と言われている。
お腹の赤ちゃんは産まれてくる準備に入ったのかあまり動かなくなった。
赤ちゃんが下がって来ているようで恥骨辺りがチリチリと痛む。
産みの苦しみ...それだけが怖い。
前世でも今世でもやっぱり「死ぬ程痛い」と経験者が語る出産の痛み。
「産む時はそりゃあ痛いわよ!でもね、産んじゃうと不思議なもんで忘れちゃうのよ!」と今世の母とセナ様が笑っていた。
死ぬ程痛いのに忘れちゃうの?!と疑っているのだが、「忘れなきゃ何人も産めないじゃないの!」と3人産んだ母が得意気に言うからそんなもんなのか...とも思ってる。
今日は目が覚めてからというもの、体が冷えてしまったのかお腹がモヤモヤと痛い。
我慢出来ない痛みではないのでウエストウォーマーを巻いて温めていると自然と治まった。
でも忘れた頃にまたモヤモヤと痛み出し、ホットミルクを飲んで体を温めたらまた治まった。
「また痛くなったら嫌だからお風呂に入って体を芯から温めようかな?」
そうのんびりと考えていたら、最近執務も本格的に任されるようになったミューゼ様が仕事を一段落させて顔を見に戻って来た。
「どうした?」
顔を見ただけで異変に気付くミューゼ様ってやっぱりエスパーだと思う。
「体が冷えたみたいでね、お腹がモヤモヤと痛いの。お風呂に入ろうかなって思ってるんだけど」
「陣痛じゃないのか?!」
「えー、違うと思うよ?陣痛ってもっと痛いって聞いてるし」
「...ミヤを呼ぼう」
直ぐにやって来たミヤ様に診察された結果「陣痛だな」と言われた。
「え?!これが?!」
「痛みの強さなんて人それぞれだ。お前さんの場合微弱陣痛だろう。今は我慢出来る痛みだろうが、間隔が短くなれば痛みも強くなるだろう」
ミヤ様の言う通り、痛みの間隔が短くなるにつれてどんどんと痛みが強くなって来て、5分間隔になった頃には脂汗が出る程に苦しくなっていた。
ミューゼ様はずっと腰をさすってくれている。
「代われるものなら代わってやりたい」
私のあまりの苦しみようにミューゼ様が瞳を揺らしながら顔を歪めている。
「こんな時男は無力だな」
傍にいてくれて、腰をさすってくれるだけでも有難いのに、痛くて苦しくて伝えるどころの話ではない。
下半身に生温い感覚が走り破水した事が分かると、ミヤ様は「そろそろ産まれるぞ!もうひと踏ん張り頑張れ!」と私の頭を撫でてくれた。
破水の直後から痛みはそれまでの物とは比べ物のない大きなものに変わり、私はみっともない程に呻いたのだが、ミューゼ様は私の手を握り、背をさすり、励ますように声を掛け続けてくれた。
何度も気を失いかけ、痛すぎてもう死んでもいいとすら思えて来た時、最大級の痛みが走り「いきめ!」とミヤ様の怒声が届き、力の限りいきんだ。
堰き止められていた何かが一気に溢れるような感覚がして、痛みが一気に消えていく不思議な脱力感に襲われた。
「オギャァァァ!オギャァァァ!」
「産まれたぞ!元気な男の子だ!」
ミヤ様の声が聞こえた。
「フェリー、よく頑張ってくれた、ありがとう、フェリー」
ミューゼ様の震える声が聞こえて、頭をそっと抱き締められた。
もう何処にも力など入らない程に疲れ切っているのに、ミヤ様に渡された我が子を胸に抱くと不思議と力が湧いてくるような気がしてくる。
ミューゼ様と同じ髪色をした、まだくしゃくしゃの顔をした小さな我が子。
眠っているから目の色は分からないが、きっとミューゼ様みたいに素敵な男の子になるんだろう。
「初めまして、私の赤ちゃん」
ミューゼ様がそっと赤ちゃんの頬を撫でている。
「小さいな...そして、可愛い」
泣いたのかミューゼ様の顔はグシャグシャで、目は真っ赤。
「フェリー、ご苦労様...よく頑張ってくれた」
また私に感謝を告げると、赤ちゃんの手を愛おしそうに撫でている。
その小さな手がミューゼ様の指をキュッと掴むと、ミューゼ様はポロリと涙を零した。
「俺の...俺の子供、なんだな...」
「えぇ、ミューゼ様の子」
「俺とフェリーの子...」
「そうよ、私達の子供」
ミューゼ様の目からはポロポロと涙が溢れている。
私も涙が溢れて止まらない。
なんて幸せな光景なんだろう。
「大業を成し遂げたんだ!お前さんはゆっくりと休め」
そう言われて、整え直されたベッドに横になると、私の意識は眠りの中に落ちて行った。
*
子供が産まれた。
俺と同じ髪色をしたとても小さな男の子。
脂汗を流しながら、何度となく気を失いかけながらもフェリーが産んでくれた小さな命。
苦しむフェリーを励ます事しか出来ない自分が、肝心な時には何の役にも立たない自分が不甲斐なく、それでも傍から離れる選択なんて出来ず、こんなに苦しむのならば...等と決して口には出せない思いが過ぎさりながらも見守り立ち会った出産。
子が産まれてきた瞬間、俺はもう呆然とその光景を見ていた。
ミヤが取り上げた小さな赤ん坊は乱雑にも見える方法で強制的に産声を上げさせられると、何とも力強く泣いた。
小さな手をしっかりと握りしめて、とても力強く、生きているのだと主張するように産声を上げた。
知らぬ間に零れていた涙を拭う事もせず、俺はその様子をただ見つめてた。
我に返るとフェリーに労いの言葉をかけたが、情けない程に震える声はどうする事も出来なかった。
出産を終えたフェリーは疲れ切った顔なのにとても美しく輝いていた。
産んだばかりの我が子を胸に抱く姿は本物の女神のようで、別世界の光景の様だった。
我が子の頬を撫で、手を撫でていると、小さな手が俺の指をキュッと握りしめた。
「俺の...俺の子供、なんだな...」
神秘的な絵画の中の世界のようだった光景が一気に自分の世界と重なり、この子は俺の子供なんだという嬉しさや愛しさ、安堵等の全ての幸せな感情が押し寄せてくる。
涙は止まる事を忘れて、みっともない程に流れてくる。
産む時は役に立たなかった不甲斐ない父親だが、これから全身全霊で守っていこう。
この子が真っ直ぐ幸せに生きていけるよう、父親として出来る限りの事をしてやろう。
そして、こんなにも幸せを与えてくれたフェリーをこれまで以上に愛していこう。
疲れ果てて眠ったフェリーと、傍で眠る我が子に心の中で誓った。