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私を取り囲んであれこれと私達の恥ずかし話を聞かされ、恥ずかしさのあまり魂も尽きかけた頃、「あの」とリリンが声を掛けてきた。
周囲は何かを察して「ではこの辺りで」「またお話いたしましょう」「ありがとうこざいました」と去って行った。
リリンが来たので当然戻って来たミューゼ様。
ミューゼ様はまだまだリリンを超危険視している。
あのイラストをリリンに描いてもらった事やちゃんと和解した事は話したのに、だ。
「何時また前のように豹変するか分からない」ともうピリッピリに警戒している。
そんなミューゼ様の気配を感じ取って怯えているリリンの隣には、麦藁色の髪の毛に蜜柑色の瞳をした、イケメンなんだけど見ていると和む感じの年上男性の姿が。
これはもしや、例のハーキンスさんなのでは?
「もしかして、ハーキンスさんですか?」
「はい、私をご存知で?」
「アリザ様とリリン様に聞いていたので」
「そうですか」
笑うと糸目になるハーキンスさんはリリンが言う通り目に優しいイケメンだ。
攻略対象者であるミューゼ様や殿下達は無駄にエフェクト掛かりまくりのキラッキラ系だとしたら、ハーキンスさんはエフェクト自体がほんわかしている。
「今日は無精髭ではないのですね?」
「このような場では流石に...それよりリリンさん?君は私の事をどのように話したのですか?」
「いや、あの、ふ、普通に!普通にです!」
慌てふためくリリンが小動物みたいで可愛い。
「ね?大丈夫でしょ?」
2人の様子を見ているミューゼ様に言うと「...かもしれないが安心は出来ん」と言いつつも若干警戒心を解いた。
「あ、あの、ランベスト様。今まで申し訳ありませんでした。フェリー様を、奥様を貶めるような言動をしてしまって...」
「...二度としないのならばもういい。フェリーが許しているのだから、俺がこれ以上言う事はない。だが、また何かあれば」
「二度と!二度としません!絶対に!」
何を言われるかを察したリリンが必死の形相で二度としないと力強く宣言していた。
それよりも、今日のリリンのドレスはゲーム板で物議を醸したドレスではないだろうか?
ゲーム内では各ルート毎にアイテムや衣装が変わっていたのに、卒業パーティーのドレスだけはどのルートでも共通だったようで「まさかのここで手抜き?」「各ルートでのリリンのドレス楽しみにしてたのに!」等とちょっとした騒ぎになったのだ。
ヒロインであるリリンは推しがいる程に人気があったので後に公式ホームページで制作会社が軽く謝罪する事態になったとか聞いている。
濃いめのピンクの生地の上に白いレース生地を重ね、白にもピンクにも見えるプリンセスラインのドレス。
私はゲームをしていた時もほぼミューゼ様しか目に入ってなかった為にヒロインの衣装なんて薄ぼんやりとしか覚えてないんだけど、多分こんな感じだった気がする。
「リリン様。素敵なドレスですね。リリン様にとてもお似合いです」
「ありがとうこざいます!養父母が今日の為に作ってくれたんです!でもこれ、物語のヒロインが着てた物にそっくりでちょっとビックリしました」
そっか、誰も攻略しなかったら養父母さんが贈るのか、ドレス。
そしてやっぱりそっくりなのか。
「リリン様の可愛らしさを引き立てていてとてもお似合いですよ」
「エヘヘ、そう言ってもらえると嬉しいです。結構気に入ってるんです」
ドレスが揺れるように軽く動いたリリンは実に嬉しそうに笑っている。
「ところで...その後の進展はございましたの?」
チラッとハーキンスさんを見ながらリリンに訊ねると、リリンは顔を真っ赤にして「な、何を言い出すんですか!」とあたふたし始めた。
バチッと目が合ったハーキンスさんは意味深な笑みを浮かべている。
「こ、これから頑張ります!」
ハーキンスさんの様子を見る限りリリンの気持ちは伝わってそうだし、何となく上手くいくんじゃないかな?と思う。
「私、画家っていうか、新しいジャンルでイラストレーターとして出版社と契約する事になったんです」
「まぁ!それはおめでとう!」
「私、この世界に漫画を広めたいと思っていて。あ、漫画っていうのはイラストと台詞中心の読み物なんですけど。すぐには無理でも少しずつ実績を積んで、何時かは漫画家になりたいなって思ってて」
「夢が見つかったんですね。完成したら是非読ませてくださいね」
「はい!是非!」
リリンが本来のヒロインに相応しいキラキラ具合を発揮していて眩しい!
最初からこんなリリンだったらミューゼ様もコロッと「有り得ないからな」...やはりエスパー?
卒業パーティーも無事に終わり家に帰ると、セナ様主催のサプライズ卒業おめでとう会が待ち受けていた。
ミューゼ様は気付いていたらしいが私は全然気付いてなくてもうビックリした。
うちの両親と兄弟も来てたから余計にビックリ!
たまに両親には会ってはいたのだが兄弟には家を出てから全く会っていなかったから本当にビックリした。
「すっかりお腹が大きくなったな」
ふにゃりとした笑顔で声を掛けて来た兄。
「意地悪されてない?」
ちょっと拗ねたように声を掛けて来た弟。
「もうすっかり大きくなったし、凄く動くのよ。意地悪なんてされてないわ。お義父さまもお義母様もミューゼ様もとても良くしてくださっているわ」
笑顔で答えると2人とも安心したように微笑んだ。
「それより姉上!小説のモデルになったって本当ですか?あの小説のモデルは姉上夫婦だって耳にしたんですけど!」
「あぁ、あれね...まぁ、そうね、私達がモデルになってるので間違いないわね」
「読んでみたら直ぐに分かるというのに、こいつ、「あの義兄がこんな事する訳がない!』と信じなくてなぁ」
弟の前では「氷の貴公子」だったもんねー、ミューゼ様。
でも兄の前では結構甘々だったんだよね。
この違いは何?
「そんな...でもあれは甘過ぎでは?過剰表現ですよね?」
「...想像に任せるわ」
納得いかない顔をしていた弟だが、その後私を甲斐甲斐しく世話をするミューゼ様を見て口をあんぐりと開けて固まっていた。
今まで普通だと思っていたんだけど、卒業パーティーの皆の話を聞いて普通ではなかったんだと知った今、ミューゼ様が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが恥ずかしくて仕方ない。
喉が渇いたと思ったタイミングで差し出される飲み物。
飲み終えると自然に口元を拭いてくれて、そのハンカチは大事そうにポケットに仕舞い込まれる。
食べ物は「万が一があるといけない」と毒味してくれた上で食べやすいように綺麗に切り分けてくれるし、食べにくい物に関しては「あーん」だし。
魚なんて「骨が危ない」と全部骨を抜いてくれる(小骨単位まで丹念に)。
暑いなぁと思ってると横でさり気なく扇で扇いでくれてるし、寒い時は何処からかブランケットやショールを取り出して掛けてくれる。
それを何でもないって顔でしてくれていたし、小さい頃からそれだったから私的には通常運転の範疇だったんだけど、これ、普通に見たら絶対違うよね?!
これまで気付かなかった私ってどれだけ鈍いの?!
超優秀過ぎる執事が隣にいるようなもんじゃん!
「ミューゼ?流石に私の世話を焼き過ぎじゃない?」
「俺の喜びだ。気にするな」
よ、喜び?!
「フェリーの世話を焼けるのは夫だけの特権だ。存分に甘やかされていればいい」
...いいのか?