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卒業まで半月を切った。
そろそろ8ヶ月に突入するお腹もすっかりどっから見ても妊婦状態に膨らんでおり、あの後にもセナ様に沢山作っていただいたマタニティドレス(ラブリー仕様)を着て過ごしている。
コルセットのいらないマタニティドレスが楽でしょうがない。
出産後もコルセットなし生活がしたいくらい。
お腹が大きくなった分、お腹を突き出すような体勢になるから余計に腰に負担がかかるし、色々と大変だが、周囲の協力もあって私は元気だ。
学園には多くて週に2度程行けばいいだけなので暇なのだが、シャーリンが頻繁に来るので暇過ぎて死にそうなんて状態にはならない。
アリザの本の出版が決まり、今私の前にはアリザとリリンが座っている。
あれからすっかりと大人しくなったリリンはアリザが出す私達がモデルの小説の挿絵を担当したそうで、今日はそのお披露目を兼ねて我が家に来たのだ。
ミューゼ様は「俺も同席する!」と言っていたのだが、前日の夕方に王城から報せが来てクリス様と一緒に登城しなければならなくなり、今朝出掛ける前まで「何故だ!何故俺まで!父上だけで十分だろう!」とごねていた。
「大丈夫ですから、行ってらっしゃいませ」
「...行きたくない」
「あら、お父様がお仕事に行きたくないそうよ。お父様は困った人ですねぇ」
わざとらしくお腹を撫でながらお腹に向かってそう言うとミューゼ様が眉間に深い皺を寄せた。
「...それは狡いぞ」
最近気付いたのだが、ミューゼ様はお腹の子に「お父様が〇〇と言ってますよー、困りましたねぇ」なんて言うと途端に聞き分けが良くなる。
困ったように眉尻を下げたり、眉間に皺を寄せながらもそれ以上ごねなくなるのだ。
その顔がもー、可愛すぎる!!最大級の萌え!!萌え死んでも後悔なし!!
という事でミューゼ様なしでのリリンとの対面である。
怖くないと言えば嘘になるけど、何て言うのか最近のリリンは毒気が抜けたような感じがしているから大丈夫だと思う、多分。
それにアリザもいるし下手な事は出来ないだろう。
ミューゼ様が配置した警備も万全だし、何かあってもすぐにリリンの身柄なんて確保されちゃうし。
「これがもうすぐ販売される小説です」
アリザが差し出して来た小説は藍色の表紙で表表紙にはミューゼ様を彷彿とさせる冷たい瞳の男性が美麗イラストで描かれていた。
「こ、これは!!」
「あ、お気に障りましたか?!」
「素晴らしいわ!素敵!凄い!ミューゼみたい!」
前のめりな私の様子に2人がポカーンとしているのが分かった。
「...ごめんなさい、あまりにも素敵で」
「ふふふ、フェリー様は本当にミューゼ様の事がお好きなんですね」
アリザが微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた。
その隣でリリンが酷く緊張した面持ちで目の前のカップを凝視していた。
「刷り上がった第1号はフェリー様にと思いまして」
何と嬉しい事を!!初版本の第1号品ですよ!!
数量限定版ならシリアルナンバー1の超貴重品じゃありませんか(限定版ではないけど)!!
ヲタ心を刺激しまくりの逸品!!あざーす!!
前世のヲタ心が全開で爆発しちゃいますよ!
「この絵はリリン様がお描きになったのですよね?素晴らしいですわ!」
「は、はい!」
「私もシャーリンに見せてもらってから何度か描いてみたんですけどこのようには描けなくて...どうやってお描きになっていらっしゃるの?」
「そ、それは、あの...鉛筆で」
「色付けもリリン様が?」
「はっ、はい!私が全て色付けまで行いましたっ!」
ガッチガチに緊張しているのだろう、話し方が非常に固い。
「リリン様、楽になさってください」
「...はい...あの...」
何かを言いたげにこちらを見たもののすぐに俯いてしまったリリン。
これは待ってあげるのが正解?それともこちらから話を振って話しやすい雰囲気を作ってあげるべき?
前世はコミュ力低かったし、今世でもあんまり友達いないしこういうのよく分からない!
ミューゼ様の画集を作ってもらう為にも、もしもリリンが仲良くなれそうな性格になっているとしたら是非とも仲良くなりたい!
そして是非とも作って欲しい、ミューゼ様画集!
小説の表紙のイラスト(ほんのりミューゼ様似)だけでも鼻血出そうな程に素敵なんだから、ミューゼ様本人を描いてもらったとしたらどれ程素敵になるだろうか。
想像しただけで涎が出そうだ。
「あの!フェリー様!今まで申し訳ありませんでした!」
突然立ち上がったリリンが私に頭を下げた。
「頭を上げてください?」
「今まで失礼な事ばかりして、本当に申し訳ありませんでした!」
あ、まともになってそう♪
「謝罪を受け入れますから、頭を上げてください」
顔を上げたリリンは薄らと涙目でいかにもヒロインな顔をしていた。
この子、顔は本当に可愛いんだよね。
「アリザ、申し訳ないのだけどリリン様と2人にしてもらえる?」
「...はい」
2人きりになった部屋で震える兎のようなリリンと向かい合った。
先に口を開いたのはリリンだった。
「私、シャーリン様にお医者様を紹介してもらって診療を受けました。今も受けてるんですけど...あの、突拍子もない事を言っていると驚かれるかもしれませんが...私、前世と言われるこの世界に生まれる前の、別人として生きていた記憶があるんです。それを思い出してからその前世の自分の性格にすっかり引っ張られてしまって...この世界が前世のゲームというか、物語にそっくりで、登場人物まで同じで、だから自分がヒロインなんだと思い込んでしまって...」
「そうなんですね」
「リリンとして生きてきた記憶はあるのに、この世界が自分の為の世界だと思い込んでしまって...よく考えたら同じだと思える程似てる人がいても性格とかは違っていたのにそういう事は全部無視して自分の都合のいいように捉えて...」
「まぁ...」
「だからフェリー様にも大変失礼な事ばかりしてしまって...本当にごめんなさい!」
「もう謝罪はいいですから...で?前世ではリリン様はどんな方でしたの?」
「普通の学生でした。女子高生と呼ばれる学生で、この世界にそっくりな物語にハマっていて、その中でも、あの、ミューゼ様が好きで、自分で絵を描いたりしていて」
「だからこんなにお上手なんですね」
「別の世界に生まれ変わる事を前世で『転生』と呼んでいて、私も大好きな物語の世界に転生したんだと嬉しかったんです...でも実際に会ったミューゼ様は確かにカッコよくて素敵だったけどそれ以上に怖くて...そして何故か悪役令嬢であるはずのフェリー様が妊娠していて奥さんにまでなってて...」
ミューゼ様は確かに怖い。
私も婚約者や妻という立ち位置じゃなかったらどんなにカッコよくても怖くて近寄れなかったかもしれない。
それ位に発せられる冷気がヤバいのだ、私以外には。
「だったら王太子や宰相、あ、ヒューゴ様ってその前世の物語の中では後に宰相になるんです!...で、そのお2人を狙おうと思ったんですがそれも上手くいかなくて...そのうち何だかキリアンには避けられるし、マリオン様は警戒すごくて近付けないし...上手くいく訳ないですよね、そもそも似ているだけで別人なんですから」
様々な世界観等は似ているが登場人物達の性格はゲームの通りではないこの世界。
ヘルドリアスはイタリア人並に女性を口説く癖に本命にはヘタレだし、ミューゼ様は私を溺愛(キャッ♡自分で言っちゃったよ)、ヒューゴはシャーリンに恋していて、キリアンは腹黒さなし。
マリオンの事はよく分からないけど、リリンに全く靡かなかった事を考えればやっぱりゲームとは違う性格をしていると考えていいだろう。
因みにマリオンには婚約者がいて、婚約者であるチェチリーナ(なんとヘルドリアスの妹!王女様だった!第三王女だよ!王妃様5人の母だったわ!)はまだ10歳だった!
8歳差だよ、8歳差!
それ聞いた時一瞬「え?!マリオンってロリ?!」って思ったけど、どうやらチェチリーナからの熱烈な申し込みだったらしい。
剣の稽古をしているマリオンの姿に一目惚れをしたチェチリーナが「どうしてもマリオン様と結婚したい!」と言い出し取り敢えず婚約が結ばれたそうだ。
マリオンは「王女に本当に心を寄せる相手が出来たら解消される婚約だ」と思っているそうだが、チェチリーナは相当本気なようで、「早く大人の魅力をつけてマリオン様を絶対に落としてみせますわ!」と言っているのだとか。
「この世界が物語の世界とは違うんだって分かってきたら自分がしてきた事が恥ずかしくなって...そして申し訳なくなって...思い返したら私の方が悪役令嬢みたいだったし...お医者様と色んな事を話をしていたら、前世の自分と今の自分が混ざり合っていくような不思議な感覚がしてきて...何言ってるのか分からないですよね、ごめんなさい」
前世と今世の性格が上手く融合したのかな?
今のリリンならば好感持てると思う。
前世の性格はちょっとあれだったけども。
「お医者様は私が早くに両親を亡くしたショックで別人格が生まれたって解釈したみたいですけど、それはやっぱり違うと思うんです。でもその上でお医者様と話していたら、私、この世界の人達を物語の登場人物としてしか見てなかったんだなって分かってきて。私を養女にしてくれた義理のお父さんお母さんの事も何処かで自分をサポートしてくれるお助けキャラみたいに思っていたし、殿下達の事も、私、ちゃんとした人間として見てなかったんだって分かってきて...現実なんだって、この世界で私はリリンとして生きてるんだって、他の人達もゲームのキャラクターとしてじゃなくちゃんと生きてるんだって分かってきて...」
そっか、ちゃんと理解したんだね。
「それに、悪役令嬢だと思っていたシャーリン様がとっても優しい人だって分かって、私、何も見てなかったんだなって気付いて...」
そっか、色々と自分で気付いたんだ、成長したんだね。
リリンを最後まで悪者的な立ち位置にしてしまうのは嫌だったので、半ば強引ですがこんな形にしてみました。
賛否両論あるでしょうが、このお話は基本的にほのぼののんびりしている為、大きな争いを起こさずに終了まで持って行きたいので、納得出来ない人もいらっしゃるでしょうが作者の我儘だと思いご了承くださいm(*_ _)m




