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もうすぐこの学園では『新年祭』が行われる。
新年祭とは新年をお祝いするお祭りであると共に卒業を控えた最終学年者達を祝う&交流を深めるお祭りらしいのだが、私は半年の間に学園祭的なイベントをねじ込みたかった故の制作側によるかなり強引なイベントだと思っている。
だって卒業まであと2ヶ月位の時期にそんな学園祭的な事をやるなんて普通はないから。
その為の準備が始まり、学園内は賑やかになっている。
新年祭といえばゲームでは当然イベントがあった。
ミューゼ様ルートではフェリーによって倉庫に閉じ込められたヒロインを颯爽と助け出すのはミューゼ様。
ルートによって閉じ込められる場所は違ったようだが、助け出すのは絶対にそのルートの攻略対象で、助け出された後は「また閉じ込められたりしないように」と攻略対象がヒロインを守りつつ2人で新年祭を楽しむのだ。
ミューゼ様ルートでは何処かのクラスがやっていたお化け屋敷に入って、恐怖のあまりミューゼ様に抱きつくヒロインをミューゼ様が初めて(←ここ、非常に大事!)優しい笑みを浮かべてそっと抱き締めるのだが、ヒロイン視点ではそんなミューゼ様の顔は見えず、ただスチルとしてその場面が登場するという何ともご褒美過ぎる展開だった。
ヒロインが見ていないながらもミューゼ様がゲーム開始後初めて微笑むという、何とも感動すら覚えるシーンだった。
初めてそのシーンを見た時、感激のあまり本気で泣いたもんだ。
ゲーム板情報によると王太子ルートだと急遽参加する事になった演劇で、ガチガチに緊張するヒロインを王太子が優しく頭を撫でながら落ち着かせ、白雪姫を彷彿とさせるお芝居で王太子は王子役を、ヒロインはヒロイン役を演じ、何と目覚めのキスシーンで王太子が本当にキスをしてしまう(事故チューらしいが)そうだ。
当然スチルはそのキスシーンであり、王太子推しの方々は「事故チュー来たぁぁぁ!」「最高のシチュをありがとう!!」とか大騒ぎしてた。
最終学年である私達のクラスはヘルドリアスの意見が採用されてバザーをやる事になった。
使えるが自分達には不要な物を各自持ち寄り商品として格安で売り、その売上は孤児院や療養施設等に寄付される。
バザーだから他のクラスのように用意したりする事はあまりなく、他のクラスがバタバタとしながらも楽しそうなのを横目に見ているだけでいいという、楽なのに非常につまらない感じになっている。
「フェリーは妊婦なのだから準備等に携わる必要はない!」とうるさかったミューゼ様。
もしバザーじゃなく、他のクラスのように喫茶店や土産物屋のような事をする事になっていたとしても私はその準備には関われなかったと思うけど、最後なんだから皆と一致団結して何かを成し遂げたかったなぁという思いがちょっとあったりしたのだ。
因みにシャーリンのクラスは『作品展示会』なのだそうで、過去に自分が授業で描いた絵や作った作品を各々1点展示して見てもらうのらしい。
シャーリンも「わたくし、もっとこう、なんて言いますの?こう、皆さんでこう、築き上げると言うのか、作り上げるような企画が良かったわ!」と言っていたから私と同じような気持ちだったんだろう。
そして私とミューゼ様は今、とっても珍しい光景を目の当たりにしている。
「シャ、シャ、シャ、シャーリンっ!」
「はい?」
「その、あの、あの、その、あの...」
焦れったい!焦れったすぎる!早く次言わんかい!!
吃りまくりのヘルドリアスとそんなヘルドリアスを半ば呆れたような顔をしながら見守っているシャーリンが目の前にいるのだ。
「早く仰ってくださいな。わたくし、それ程暇ではございませんのよ」
「す、すまない!あの、あのだな、あの、シャーリン」
「はい、何でしょう?」
「あの、あの...ぼ、僕と、その...し、し、し、し、し、し」
「殿下?少し落ち着かれたら如何です?」
「す、すまない...スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー...」
何回深呼吸繰り返すんだよ!
シャーリンの顔が呆れ通り越して無になりつつあるぞ!気付け!!
「シャ、シャーリン!」
「はい」
「その、僕と、その...新年祭を、一緒に回ってほち、いつっ!」
「欲しい」と言うタイミングでヘルドリアスがガリッと聞こえるんじゃないかって程に舌を噛んだのが分かって思わずこちらまで「痛っ!」と思った。
「大丈夫ですか?思いっ切り噛んだようですが?」
「ら、らいじょううら(だ、大丈夫だ)」
「大丈夫ではなさそうですけれど...保健室に参りましょうか?」
「いあ、らいじょううら(いや、大丈夫だ)!」
「本当に?」
「ああ。それおりへんりを(それより返事を)!」
「わたくしと、新年祭を回りたいのですか?」
「ああ!」
「...いいですわよ」
「うぉっひゃぁぁぁぁ(よっしゃぁぁぁぁ)!」
開いた口の端から血を垂らしながら雄叫びを上げるヘルドリアス。
ただ誘うだけなのにこれ程までにまどろっこしいとは...。
ヘルドリアスの雄叫びを上げる姿に引き気味のシャーリンの事なんてまるで見えていない。
「少し落ち着いたらどうなんだ?!」
ミューゼ様が声を掛けた事でやっと私達の存在にも気付いたようで「み、みてらのあ(み、見てたのか)?!」と突然慌てふためき始めるし。
この人があのサラッと女性を口説きまくるヘルドリアスと同一人物だなんて信じられない。
こんな姿を見ちゃうと逆に何とも思ってないからあんな風に口説けるんだなって分かって、今まで口説かれた人の中にはきっと本気になった人もいただろうから、そういう人達に同情しちゃう。
いっその事「僕は息を吸うように女性を口説きますが本気ではありません!」と書いて首から提げておけばいいのに(かなりみっともないけど)。
「血が垂れているぞ」
そう言われてヘルドリアスは口元を手で拭った。
「まぁ、手が汚れてしまいましたわ!」
シャーリンが自分のハンカチを差し出すと、オドオドしながらも受け取ったヘルドリアスだったが、手を拭けばいいのにそのハンカチの匂いを思いっ切り嗅ぐという奇行に走り、そして鼻血を噴いて真っ赤な顔でぶっ倒れた。
「へ、ヘルドリアス様?!しっかり!しっかりしてくださいまし!」
「チッ!面倒な!」
ヘルドリアスを荷物のように肩に担ぐと「すまないがフェリーを頼む」とシャーリンにお願いし、私に「これを保健室に置いてくるから戻るまで1人になるな」と言って去って行った。
「ごめんね、シャーリン、ミューゼが過保護で」
「あら、それだけ愛されてるって事ね」
2人で話しているとバタバタと足音が聞こえてきた。
2人で振り向くとリリンが鬼の形相でこちらに向かって走って来てるのが見えた。
「そこの2人!」
私達の前まで来るとビシッと指を指してこちらを睨み付け「やっぱりあんた達転生者ね!」と大声で言った。
「テンセイシャ?何ですの、それ?」
「さぁ?何なんでしょう?」
シャーリンは話してみた限り絶対に転生者ではない。
私は前と同様にすっとぼけた。
「とぼけないで!じゃなきゃおかしいじゃない!ヘルドリアスまで私を拒否するなんて、あんた達がちゃんと悪役令嬢の役割を果たさないからでしょ!」
「悪役、令嬢?わたくし達が?...それはわたくしとフェリーの顔の事を言ってらっしゃるのかしら?」
あ、シャーリンが少しキレ気味だ。
「顔もそうだけど、あんた達が攻略対象者の婚約者って時点で確定じゃん!悪役令嬢って!」
「何故婚約者である事で確定するのかしら?おかしいのではなくて?わたくしは王家から請われて婚約者となり、フェリーは家同士の思惑が一致した事で婚約し、愛し合って結婚した身。婚約した段階ではわたくし達の思惑等1つも入っていないのに何故婚約者となっただけで悪役令嬢だと確定するのかしら?」
「そういう設定なんだから!」
「設定?その設定とは誰がお決めになった事かしら?」
「ゲームよ!」
「ゲーム?...あなた、頭がおかしいのではなくて?現実を見ていらっしゃるのかしら?ゲームの何がわたくし達と関係があると仰るの?」
「トゥーラバ!ここ、トゥーラバの世界だから!だから私がヒロインであんた達は悪役令嬢!それがこの世界の決まりじゃん!」
「トゥーラバ?それは何の名前なのかしら?そのような国名も地名も存じ上げないし、新しく出た何かしらの商品名?そんなよく分からない物の世界だと思っている段階であなた、そうとうおかしいですわよ?!そして、どうしてあなたが世界のヒロインなのかしら?物語の読み過ぎで思い込みが激しくなっていらっしゃるのかしら?自分の人生のヒロインは自分自身。ですからあなたがあなたの人生の中でご自分がヒロインだと仰るのは構わないけれど、世界のヒロインはあなたではないはずだわ!そもそも世界にヒロインなんて存在しているのかも疑問ですわ!」
「な、何訳の分かんない事言ってるのよ?!とにかく、あんた達は悪役令嬢としての仕事をちゃんとしなさいよ!じゃなきゃ私、誰とも結ばれないじゃない!」
「どうしてわたくし達が悪役令嬢としての仕事?をする事であなたが誰かと結ばれると思っていらっしゃるの?誰かと結ばれたいのならば自分の力で頑張るしかありませんわよ!おかしな思考な上に他力本願とは何とも情けないですわね。そもそも悪役令嬢の仕事とは何なのです?わたくし、一度たりとも悪役令嬢になどなった覚えはございませんけれど」
「それは、あんた達が転生者だから、だからチート使って」
「そもそもその『テンセイシャ』とは何ですの?わたくし、そのような言葉初めて耳にしましたけれど。フェリーはご存知?」
「私も知らないわ」
リリンとシャーリンが話しているのを見ていただけの私は、急に話を振られて内心ビクッとした。
「わたくし達がテンセイシャだと思っていらっしゃるようだけど、わたくし達、そのテンセイシャというものが何なのかすら知りませんのよ?」
「そんな...そんなはずは...だってじゃなきゃおかしい...シナリオが変わり過ぎてるし」
「シナリオ?あなた、世界が誰かが書いた筋書き通りに動いていると思ってらっしゃるの?...良いお医者様、紹介して差し上げましょうか?」
シャーリンが心底気の毒な子を見る目でリリンを見ている。
それに気付いたようでリリンは凄く困惑した表情を浮かべている。
「あなた、環境が変わったせいできっと疲れていらっしゃるのだわ。平民から突然貴族になったのだもの、生活から何からまるで違いますものね。わたくし、そういった方面に明るいお医者様を知っているから、一度診てもらうといいわ!是非そうなさい!ね!」
「違う!そんなんじゃない!私は」
「遠慮なさらないで!こうやって知り合ったのも何かの縁だもの!そうなれば早い方がいいわね!今日、お時間はおありかしら?あ、金銭面の事はお気になさらないで!こういう事はデリケートな問題ですから、養父母様達に知られたくないでしょうし、わたくしでお役に立てるならば喜んで協力致しますわ!」
シャーリンの押しにリリンがタジタジである。
「難しく考えないで一度診てもらいましょう!ね?」
「...はい」
そして遂にリリンが折れた。
シャーリン凄い!




