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一週間ぶりに学園に復帰した私は朝からミューゼ様と一緒に登校し、階段は過保護すぎるミューゼ様に「落ちたり転んだりしたらどうするんだ!」と抱き抱えられ、教室でも隣でベッタリの状態になった。
ヒロインは既に中途入学を済ませており、しかも同じクラスという事もありすぐに分かった。
私とミューゼ様を見て目玉が零れ落ちるんじゃないかという位に目を見開いたヒロインを見て「ヒロインももしかして転生者?」と思った。
ヒロインの名はリリン・ネガンと言うらしい。
ゲームでは自分の好きな名前に設定していた為私は毎回『サクラ』にしていたのだが、デフォルトではリリンというのがヒロインの名前だったらしい。
ゲームで散々見たままの淡いオレンジ色の柔らかそうな髪に苺の飴玉のような愛らしい赤い瞳。
白くきめ細かな綺麗な肌にほんのり染った桃色の頬。
ぷっくりとしながら艶々と輝く愛らしい唇。
正にヒロインである。
ミューゼ様は私にベッタリでヒロインに見向きもしていないが、ヒロインは王太子殿下達に既に近付いているようで距離感がおかしい。
困った顔の王太子殿下の腕に自分の腕を絡めて上目遣いで見つめるあざとさが、ゲームで見ていたヒロインとはかけ離れていて違和感しか感じないのだが、彼女が転生者ならば頷ける気がする。
*
「フェリー・ロマンナ様、ちょっとよろしいでしょうか?」
ミューゼ様がトイレに行ったタイミングで話し掛けて来たリリン様は私にだけ見える角度で眉間に皺を寄せた怖い顔をしている。
もしも前世で知り合っていたら絶対に友達にならないタイプだと思う。
貴族だから腹の探り合いには慣れているが、男の前では良い子を演じ、女の前では豹変するタイプは前世・今世通して大の苦手だ。
多分リリン様はそのタイプだと思う、何となく。
「何でしょうか?えーと...転入生の」
「あ、リリンです!リリン・ネガン!」
名前なんて知っていたが、一応は初対面だからすっとぼけた。
声はゲームで聞いた通りの愛らしく耳触りのいい声だ。
「初めてお見受け致しましたが、初対面の私に何か御用でしょうか?」
「あの、ちょっとお話ししたい事があって」
「何をしている?」
2人で話していたらミューゼ様が戻って来てリリン様に向けて冷たい声を掛けた。
「俺の妻に何の用だ?」
『妻』の言葉に教室中がザワついた。
リリン様は絵に描いたようにそれはそれは驚愕といった顔でミューゼ様を見ている。
「えーっと...聞き間違いじゃなければ『妻』と聞こえたような?」
「あぁ、フェリーは俺の妻だ。で、俺の妻に何用だ?転入生」
氷の貴公子というよりも絶対零度の貴公子と言った方が相応しいような冷たい視線と声でミューゼ様がリリン様に答えている。
見ているこっちまで凍りつきそうな視線は警戒色が色濃く見える。
「何で氷の貴公子が結婚してるの?!」
「ふっ...氷の貴公子か、懐かしい渾名だな。で?俺の妻に何用で近付く?まさかとは思うが俺狙いなんて馬鹿げた戯言は言わないだろうな?」
「何で...嘘でしょ...どうなってるの?」
「悪いが妻は大事な体だ。何の用か知らんが邪な考えがあるのならば今後一切近付く事は俺が許さない」
「ミューゼ様...そんな...」
「お前に俺の名を呼ぶ許可も出した覚えがない。そう呼んでいいのは愛しいフェリーだけだ」
「そんな...何で?...推しが...」
間違いなく転生者か何かなんだろう。
『推し』なんて言葉この世界の人達は使わないし多分知らない。
少し可哀想な気もするけど、私のお腹にはミューゼ様の子供がいる。
ヒロインだろうが何だろうが簡単にくれてやる事なんてしないし、どうやらミューゼ様はヒロインには興味がなさそうだし、何なら敵認定しているように見える。
これは喜ぶべき、だよね?
「フェリー、今日必要な授業は全部受けたから帰ろう」
「え?ミューゼ様はまだ授業を受けなければならないのでは?」
「俺か?俺は試験で点数さえ取れれば卒業出来る確約を得ている。フェリーが授業を受けるから学園に来ているだけで、フェリーがいないのなら来る必要性もない」
何かサラーッと凄い事を言っちゃったよ、私の旦那様。
「さぁ、帰ろう」
ミューゼ様に差し出された手を取ると、ミューゼ様はフワッと柔らかく微笑んだ。
ほぼ笑う事のないミューゼ様が微笑んだ事でまた教室内はザワザワとした。
リリン様は目も口もかっぴらいて呆然としている。
私達が夫婦になった事は一部の親しい友人達には知らせていたのだが、大半の人達は知らなかった事で、私も広める気はなかったのだが、ミューゼ様は最初から隠す気なんてなかったらしい。
馬車の中で「フェリーに近付く邪魔な虫を追い払えるのだから当然言うだろう」と何故か得意げな顔をして言うもんだから笑ってしまった。
「フェリー...今日から一緒に暮らせるのだな」
熱を持った熱い瞳でそんな事を言われ、私は一瞬昇天しそうになった。