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妊娠6ヶ月目に突入した。
この世界でも前世でいう十月十日という大体の妊娠期間は同じらしく、あと4ヶ月後位には我が子に会える予定だ。
神がかった美しさのミューゼ様との子供ってどんな感じなんだろう?
美しさのあまり生まれてきた瞬間にペカーッて光り輝いてたりしたらどうしよう(そんな訳あるか!)。
もうすっかりクリームを塗り込むマッサージがプロのように上手くなったミューゼ様は少しずつ大きくなっていくお腹を優しくマッサージしながら「フェリーに似た可愛い子になれ」等と呪文のようにお腹に語り掛けている。
妊婦ストレッチも一緒にしたり、バックハグ状態でピッタリくっついていたり。
「そろそろベビーベッド等を注文しておいた方がいいな」
「え?まだ早くない?」
「いや、遅い位だ!」
実は妊娠が分かり、この家に住み始めて直ぐに「子供用のベッドを用意しよう!」と言い出したミューゼ様。
私はまだ早い気がして(万が一があったら辛いし)やんわりと拒否していたのだ。
ミューゼ様は私の気持ちなんて分かっていたからそれ以上何も言わなかったのだが、安定期も過ぎお腹も順調に膨らみ始めた今、妙に燃えている。
クリス様と一緒に城や領地へ行くとその帰りには必ず私へのお土産(お菓子やちょっとしたアクセサリー)の他にベビー服を買い始めた。
今や男の子用、女の子用合わせて50着を超えるベビー服が私達の衣装部屋に可愛らしく並んでいる。
流石に買い過ぎだ。
服ばかりを買っていた事に気付いたようで、最近では小さな靴下や靴、帽子、スタイ等も買い始めている。
で、いよいよ子供部屋(正確にはベビーベッドだが)を用意しようと言い出した。
私としては前世の記憶があるから、子育ては自分の手でしてみたいし、まだ子供が小さいうちは私達と同じ部屋で過ごさせたいと思っているのだが、この世界、生まれてすぐから親子別室が当然の世界だし、当たり前のように乳母が付いて赤ちゃんのお世話をするものだしで中々言い出せないでいる。
商人が持って来たカタログを見ながらミューゼ様が私に意見を求め、色味や素材、形等を決めていく。
「男の子でも女の子でもいいように色無しがいいかもしれないわね」
「そうだな。では素材は木目を活かしたウォルナットがいいだろう」
ウォルナットとは胡桃科の木材らしい。
高級家具に使われたり楽器に使われたりする木材なのだそうだ。
前世にもあったのかもしれないが、私とは無縁の高級木材だったので全く知らなかった。
こうして2人で選んだベビーベッド。
「で?フェリーは何処にベビーベッドを置くのがいいと思う?この辺りか?」
ミューゼ様の言葉に一瞬ポカンとしてしまった。
ミューゼ様は私達の部屋に置く事を前提で話を始めたのだ。
「どうして?」
「ん?フェリーは子供と同じ部屋で過ごしたいのだろう?だったらこの部屋に置くのは当たり前だ」
「ミューゼ様がエスパー過ぎる!」
「エスパー?フェリーは時々俺の知らない言葉を言うな」
笑いながら近付いてきたミューゼ様に唇を塞がれた。
「ミューゼ様と呼んだ罰だ」
どうやらミューゼ様呼びすると罰が来る行為はまだ継続中らしい(たまに忘れてるけど)。
私としては人前でキスされなければ全く罰ではないのだけど。
「子育ても自分の手でしたいのだろう?」
「いいの?」
「フェリーがそう望むのならばフェリーが望む通りにすればいい。俺も出来うる限り協力する。フェリーが無理だとなった時は周りに手伝ってもらえばいい」
「ミューゼ、ありがとう!」
思わず抱きついた私を、ミューゼ様は包むように抱き締め返してくれた。
「私、ミューゼと結婚出来て本当に幸せ」
「フッ...それを言うのはこっちの方だ。俺はきっとフェリーに出会わなければ誰かを愛しいと思う気持ちも知らないままだった。こんなにも愛しいと想える存在が俺に出来るなんて奇跡だと思う。俺と出会ってくれてありがとう、フェリー」
*
シャーリンがやって来て、今日は応接室でお茶をする事になった。
ティールームは明日、セナ様が茶会を開く為に現在準備中であり使えなかったのだ。
「応接室もシックで素敵なのね!これはセナ様のご趣味かしら?本当に素敵♡」
初めて入った応接室にシャーリンは目を輝かせていた。
華美な物を好まず、落ち着いていてでも何処かオシャレな家具が大好きなセナ様のセンスが光る応接室は居心地がいいらしく、来た人が中々帰りたがらなくなるのだと聞いている。
シャーリンはその後、ヘルドリアスと上手くいっているという訳でもなく、超ヘタレなヘルドリアスが中々シャーリンとの距離を縮められるはずもなく、月に2度互いの距離を縮めるべく茶会が設けられる事になったのだが、初めての茶会でヘルドリアスはその場にヒューゴも呼ぶという暴挙に出たらしい。
「ヒューゴも呼ばないとフェアじゃないと思って」という理由だったらしいが、呼ばれたヒューゴは「何を考えているんだ!本当に馬鹿なのか?!」と怒っていたそうだ。
そりゃ怒るよね、ヒューゴ。
ていうか何故そこでフェアさを求める?!
そもそも告白もしてないヒューゴの気持ちを勝手に伝えるのはフェアなのかい?!
茶会の場に突然呼ばれたヒューゴの気持ちも考えろ!
そしてその状況に置かれるシャーリンの気持ちを第一に考えろ!
ヘルドリアスは悪癖を何とかしようと頑張っているようだが、学園で見掛ける限りはあまり変わっていない。
正確には声を掛けた後に激しく落ち込む姿を見掛けるようにはなったのだが、もう条件反射みたいに声を掛けているようで、あれを直すのは相当大変だと思う。
その癖シャーリンには挨拶もまともに出来ないのだから真性のヘタレだ。
顔を真っ赤に染めるヘルドリアスを見た時「あー、本当に好きなんだね」と思ったのだが、シャーリンの姿が見えるとササッと物陰に隠れながらもその姿を見つめている光景は「あれ?ストーカーですか?」と言いたくなる姿で、あれが皆が憧れている王太子の真の姿なのだと思うと何とも情けない感じがする。
「殿下には本当に困ったものだわ...あれから毎週のように贈り物が届くようになったのだけど、お礼状を送ると直ぐに返事は来るのに、茶会ではわたくしと目すら合わせないのよ。会話もこちらから振らなければ始まらないし...何なのかしら、あのヘタレは」
シャーリンの中でもすっかりとヘタレ認定されたヘルドリアス。
「この前だってね、『ヘルドリアス様は休日はどんな事をしてお過ごしなのですか?」ってお聞きしたら「ぼ、僕は...』から一向に話が進まなくて、『わたくしとはお話もされたくありませんのね!』てわざと言ったら『違うんだ!君を前にすると舞い上がってしまって...』て仰ったきりまた黙りよ。もうその場にいる意味がないと思って『本日はありがとうございました』て立ち上がったら泣きそうな顔をなさるのよ?!仕方がないからまた座ったらニコニコとなさるのにまた黙り。あの方、本当に何がしたいのかしら?」
ヘルドリアスよ、想像以上のヘタレだな!
好きだと言ったんだから流石に押しなさいよ!
きっとシャーリンは押しに弱いよ?!
悪癖で口説けるならシャーリンを本気で口説きなさいよ!
「好きになれそう?」
「うーん、まだよく分からないわ。悪癖だと分かったから前程嫌悪感はないけれど、流石にあんなにヘタレだと好意を持つ以前に心配になってしまうわよね。この方大丈夫なのかしら?って」
「大変ね、シャーリン」
「そうね、大変かもしれないわね、何だか想像とは違った方向で」
「で?ヒューゴ様の事は?」
「そちらも分からないわ。殿下が妙に気を遣ってヒューゴ様と2人きりにしてくださる事があるのだけど、ヒューゴ様はずっと本を読んでいるばかりで会話もしないの。わたくしが殿下の婚約者である限り、あの方はあの態度を崩さないのだと思うわ。だから進展も何もないのよ」
そりゃそうだよね。
どんなに好きだとしても相手は王太子の婚約者。
側近であるヒューゴが奪う事なんて許される訳がない。
でも多分シャーリンはそういう許されぬ恋的な状況、大好物だと思う、恋愛小説の定番だし。
ヒューゴが本気で口説いたら落ちる予感しかしない。
まぁ、シャーリンが誰を選ぶのかはシャーリンの気持ち次第なのだから、私はこうやって話を聞いて見守るだけなんだけどね。




