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ヘルドリアスside
僕が会いたくても会えない(会いに行くのが怖い)状況下の中、ヒューゴはシャーリンとの交流を続けていた。
その事が悔しくて堪らないのに、もしまた僕が近付く事でシャーリンに危険が及んだらと思うと動くに動けなかった。
「なぁ?もうさ、正直に『名前、嘘言ってごめん』て謝りに行ったらいいんじゃないの?僕も『ヘルドリアスと僕が同じ人だなんて嘘ついてごめん』て謝るからさ」
最近、シャーリンの眩しすぎる純真さにヒューゴは「魔法使い」だなんて思わせてしまった事を激しく後悔しているようだ。
「あの子さー、何であんなに素直なの?僕の言う事を疑いもせず『まぁ!凄いのね!』て凄く褒めてくるし。貴族の女の子なんてうちの馬鹿姉しかしらないけどさー、普通の貴族の女の子って皆あんな感じなの?だったら心配だよー、皆簡単に騙されちゃうんじゃない?」
「他は違うと思う。そんな所もシャーリンの素敵な所だから」
「何で君が照れるのさ!」
ヒューゴの前では僕は本来の僕のまま、シャーリンを好きだという事も隠さなかった。
隠した所ですぐにバレた。
「ねぇ?何で鳥肌立てながら女の子に声掛けてるの?馬鹿なの?何がしたいの?」
何処に鳥肌が立っていたのか、僕でも気付かなかった事に目敏く気付いたヒューゴ。
事情を話したら思いっきり馬鹿にされたが、まだ幼い僕達にはこれといった解決法なんて見つけられるはずもなく「やめた方がいいと思うよ」と言うヒューゴに「これしかないんだよ」と僕は言ったような気がする。
7歳になるとヒューゴは本格的に僕の側近としての教育を受け始めた。
それまで「ヘルドリアス」と呼んでいたのに急に「ヘルドリアス様」「ヘルドリアス殿下」「殿下」等に変わってしまい寂しかった。
2人きりの時はたまに呼び捨てにしてくるが、すぐに「申し訳ありません」と謝罪してくる。
月日は流れ叔父の真似をして10年も経つと僕はもう空気を吸うかの如く自然に女性に声を掛け、口説くようになっていた。
それがもう本当に自然に出来てしまうので時々自分でさえも「え?今僕何してた?」と思う程になってしまい、流石にこれはやり過ぎてしまったのでは?と思ったりした。
もう無意識レベルで出来てしまうのだ、恐ろしい事に。
ただヒューゴ曰く「無意識なのでしょうがシャーリン嬢を彷彿とさせる女性には全く声を掛けておられません。シャーリン嬢とは正反対の、世間一般的に愛らしいとされる部類の女性ばかりに声を掛けていらっしゃいます。はぁ...あなたは一体どこまで拗らせれば気が済むのです」との事だそうだ。
世間一般的に言ってシャーリンは実に愛くるしいと思う。
あれ程までに愛くるしい生物を他に知らない。
大きくて赤い猫のような瞳にツンとした鼻。
何時も潤ったように艶々した形良い唇。
艶やかな黒髪が何故か何時も太く巻かれているのは似合わないと思っているが、何処からどう見ても愛くるしさの塊のような、この世の愛くるしいを凝集したような、もう天使と言っても過言ではない女の子だ。
「それはあなたの主観であり、一般的に言えばシャーリン嬢はキツく冷たい女性に見られるタイプですよ」
「キツく冷たい?!何処が?!世間の男達は目がおかしすぎるのか?!」
ヒューゴの言葉が信じられなかった。
15歳で僕は王太子として立太子した。
翌年、流石に16になった僕に両親は婚約者を宛てがい、それがシャーリンだったと知った時は喜びと興奮のあまり鼻血を吹き出してしまった。
程なくシャーリンと僕は、初めてヒューゴではなく僕として顔合わせをする事になったのだが、10年で息をするように染み付いてしまった癖でその日の雰囲気は最悪な形で終わってしまった。
怒ったシャーリンもまた愛らしくて、何だかボーッとしているうちに僕の口は勝手に「ヤキモチを妬いてくれたのかい?」といった感じの言葉を吐いていたらしく、シャーリンが帰った後にヒューゴにこっぴどく叱られた。
本当はほんの少しだけ、もしかしたらあの時遊んだのが僕だったのだと気付いてくれるかもという淡い期待があったのだが、全く気付かれないどころか多分嫌われた...。
自業自得とはいえ辛い。辛すぎる。
それからは毎日でもシャーリンに会いたかったのだが、通常の執務や公務に加えて婚約を聞きつけた(まだ公布してはいないのに)者達からの祝報や贈り物への対応も加わり、会いに行けない日々が続いた。
痺れを切らした僕が「シャーリンと会う時間が欲しい!」と零していると、父(王)が気を利かせて視察旅行を提案してくれた。
まだ婚約して僅かの僕達が婚前旅行などとは褒められた事ではないのだが、誓って僕はシャーリンにおかしな真似はしない(本当はしたいが)。
それから旅行までの間、僕は何時も以上に体も心も軽くなり、執務は通常の倍の速度で終わり、その分女性を口説く口も滑らかになり、益々ヒューゴに「本当にやめろ!」と怒鳴られる事となった。
旅行に出発する前にヒューゴに「くれぐれも旅先で女性を口説く事のないように!」と散々念押しされたのだが、町に着くと若い女性が増えていた。
前回視察に来た時(1年前)は観光地とは言え元は田舎の避暑地だったその町。
商店等を切り盛りするのは年配夫婦が多く若い娘は数える程しかいなかったのに、だ。
気の所為でなければ何かあるのかもしれない、と思い、僕はその真意を探る為に女性と会話をした。
店の商品を勧めつつもしきりに僕を誘ってくる女性達。
チラリと店主を見ると店主は申し訳なさそうな顔をして目を逸らした。
それからは何人かの女に自分から声を掛け、一度声を掛けた女が時間差で衣装や化粧を変えながら別人(だと思わせたいのだろうと思う)として何度も声を掛けてくる事に気付いた。
僕はもう癖として女性を軽く口説くが、その実その容姿等を特に見ていない。
だから最初は気付かなかったのだ、同じ人物が化粧等を微妙に変えながら何度もアプローチして来ているなんて。
でも一度気付くと「あ、また来た。これで違う女になっているつもりなのか?」と思える程に同じ女で、6度目ともなると危険視しつつも笑い出しそうになっていた。
他の女性達はきっと、僕が視察に来ると聞いて「気に入られてこい」と送り出された爵位の低い娘達だろう。
僕に婚約者が出来たと聞いた者達が「では後に側室や愛妾として迎え入れられるように」とでも考えたのか...何とも迷惑だ。
僕はシャーリンと結婚出来たならば周囲に何を言われようとシャーリン以外を娶る気はない。
例え2人の間に子が出来なかったとしても、だ。
それが許されないのであれば僕は継承権を弟に譲り、臣下に下っても構わない。
でもその前にこの染み付いてしまった癖を何とかしなければならないのだが...頭が痛い。
そうこうしている間に気が付けばシャーリンは先に帰ってしまっていて、僕は泣きそうだったのだが、何度も服と化粧を変えて僕を誘う女の意図を探るべくその誘いに乗った振りをする事にした。
念の為に護衛(影)達には隠れて付いて来てもらい、安宿の一室へと足を踏み入れた。
もしや誰かが待ち受けているかもしれないと身構えていたのだが、部屋には誰もおらず、女は震える手で服を脱ぎ始めた。
「やめろ!」
女を制して影を部屋に呼び、女を拘束した上で尋問すると、女はあっさりと「私はマデリア王国の第2王女アシェリー・マデリアです」と名乗った。
その王女は6歳の頃にシャーリンを殺そうとした女の娘であり、婚約を打診された第2王女だった。
「王女であるあなたが何故このような事を!」
「ごめんなさい...ですが、もうこうするしか...」
あの一件以降、彼女は愚かな側妃の娘として冷遇され続けてきたらしい。
そして、僕の婚約を知ったマデリアの有力貴族に「側室として迎え入れてもらえるようその身を捧げてこい」とばかりにこの地に送り出されたようだ。
何度も姿を変えていたのは、僕の好みが愛らしい顔の女性としか聞かされておらず、どういった愛らしさの女性が好みなのか分からなかった為に断られる度に化粧や衣装でタイプを変えて、何としても僕に気に入られようとした結果だった。
何と愚かな...。
そもそも僕の好みはシャーリンであって、シャーリンに似たような容貌の女性ならば少しはドキッとするかもしれないが、丸い目の何とも頼りなさ気な女性を愛らしいと感じた事がない。
第2王女をこの地に送り出した貴族の名前を聞き出し、父に今後についての意見を求める文を出し、第2王女には町のホテルに移ってもらい、監視と護衛を兼ねて兵士を5人付けた。
そしてやっと別荘に戻り、謝罪すべくシャーリンの部屋を訪ねたのだが、シャーリンの明らかに泣き腫らしたであろう、何時もよりも潤み、目尻を朱に染め、少し腫れぼったい顔を見た瞬間、そのあまりの愛らしさと、何とも言えない気怠げな色気と、潤んだ瞳の美しさと...要はシャーリンの魅力に意識が飛びかけ、その後また自分が何を口走ったのか全く覚えていない状態で、気付けば自分の部屋にいた。
明日こそは挽回してシャーリンに笑ってもらおうと思っていたのに、夜も明けきれないうちに届いた父からの文で僕は第2王女を連れて城へ戻らねばならなくなり、文を持って来たヒューゴに「くれぐれもシャーリンを頼む」と伝えて、後ろ髪が引かれ後頭部が禿げてしまいそうな程に心残りだけを残して城へと戻ったのだった。
後から戻って来たヒューゴに「お前!大事にしないなら俺がもらうからな!」と久々に幼馴染として怒鳴られた。
そう、ヒューゴもシャーリンの事を好きなのだ。
恐らくこんな僕なんかよりも余程シャーリンに似合うだろう。
でもね、こんな僕だってシャーリンの事を想っているんだ、初めて見つけたあの日からずっと。
何れシャーリンは僕に愛想を尽かして僕を捨てるだろう。
せめてその瞬間までは、例え素直に、正直になれなかったとしても心の中にシャーリンだけを浮かべて、シャーリンの隣にいたいんだ。
友よ、我儘で愚かしくも傲慢な僕を許して欲しい。
※あまり血生臭い感じにはしないようにと考えた結果、愚かな者達による愚かな行動という形にしました。
色々と粗が見えるでしょうが、私の語彙力、表現力、想像力がその程度だという事です( ̄▽ ̄;)
もっと語彙力が欲しい...。
因みにこの作品は完全にその場の勢い一発勝負(投稿画面を開いてそこに前話を考慮しつつの直接打ち込みする形式)で書いており、気分が乗っている時は数話分一気に書いてしまう為予約投稿でもう結構先まで毎日2話ずつ投稿する予定になっています。
書いているとキャラが勝手に動くというのか、自分が予定していた通りにキャラが動きたがらない(思い込みですが)事がままあり、直接打ち込む方が書きやすいのでその形を取ってます(メモ機能に書き溜める事もありますが)。
私が過去に書いた短編のお話は話の最初のイメージだけ浮かぶと全て同じ形式で2~3時間で書き上げた物になりますm(*_ _)m
こんな何ともいい加減な作者ですが、今後もお付き合いいただければ幸いです<(_ _)>




