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シャーリンside
ヘルドリアス殿下とはあれ以降あまり接触もないままわたくしは3年生(17歳)となった。
2年の時は殿下と同じクラスだった為、クラスが離れて少しホッとした。
そんな時にわたくしは見つけてしまったのだ!
後にフェリーに『推し』という言葉を教えてもらい、それにピタリと当て嵌る存在を!
キリアン・ヘンドリック。
ヘンドリック伯爵家の嫡男であり、常に潤んだ子犬のような愛くるし過ぎる瞳と同じ歳とは思えない童顔で何とも小柄な彼を見た瞬間、わたくしの胸はキューーーンと高鳴った。
ヘンドリック伯爵家と言えば一時期綿花の栽培で一財産を築いたのだが、その後綿花の普及により低迷を辿り、先代の伯爵の奇を衒った策により今や爵位を保つ事がやっとな程までに落ちぶれてしまった、そんな伯爵家の次期当主となるお方に、不覚にも胸の高鳴りを覚えてしまった。
小柄な身長に少しブカブカな服が何とも心をキュンとさせる可愛らしさを漂わせているのにその魅力に気付く者はいないようで、さり気なくキリアン様の事を取り巻きと呼ばれるようになったわたくしについて回っているご令嬢方に聞いてみたのだが、「そんな方いましたか?」「男性という感じがしません」「うーん...地味、ですかね?」と期待した反応は全く返って来ず、わたくしは人とは違う感覚を持っているのかと少しばかり落ち込んだ。
だがしかし、キリアン様という存在を知ってからわたくしの生活は華やかなものへと変わっていった。
小柄な体でチョコチョコと走る姿を見るだけで「わたくしも頑張らなければ」と思えたし、何よりも心の潤いが違うのだ。
楽しそうに友人と笑い合う姿にキュンとし、何やら落ち込んでいる姿を見ると「わたくしの全財産を差し上げれば元気になられるかしら?!」と思い(迷惑にしかならないでしょうからやめましたわよ、勿論)、大きな口を開けてパンを頬張る姿に「生きていてくださってありがとうございます!」と感謝し、たまに見る仄暗い雰囲気に「そんなお顔もされるのですわね!貴重ですわ!貴重すぎますわ!」と興奮する日々。
わたくし、恋愛は小説の中のものしか知らず、これが恋というものなのかと思った時期もありましたが、考えれば考える程に何かが違うような気がして...。
だけどキリアン様に好意を持っている事は確かで、この気持ちがどういった類のものなのか全く理解が出来ず、ですがキリアン様を見守り、遠くから愛でる事はやめられず、これは殿下と同じく世間的に言う「浮気」というものなのでは?!と殿下に対して後ろめたい気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ芽生えもしましたわ、ほんの少しだけですけれどね。
ですがわたくし「心の中で愛でる分には誰にも迷惑をかけないのでは?これは浮気ではないのでは?好きという感情とも何となく違う気がするし、大丈夫なのでは?」と思い、強引に大丈夫だと思う事にし、以降もキリアン様を愛でまくる(そっと遠くから)日々を満喫。
3年生が半年程過ぎた頃、キリアン様の隣に並び立つように現れた編入生の存在に「あら?キリアン様にも恋人が?お幸せなのかしら?もしかしてキリアン様の蕩けるような笑顔など見られるようになるかしら?」とワクワクとした疼くような期待を込めていたのに、その編入生は何とキリアン様だけでは飽き足らず、殿下、ヒューゴ様、マリオン様にまで接近し始める始末。
殿下の婚約者であるわたくしの元へはわたくしの心配をしたご令嬢達が「大丈夫ですか?」等と声を掛けて来られたり、ご丁寧に殿下と編入生の様子を報告してくださる方まで現れ、違った意味でうんざりする事になってしまった。
『何故わたくしにそんなに細かな報告をしてくるのでしょうか?!それを聞いてどうしろと?!わたくし、殿下が編入生と仲良くされても全く構いませんわよ!寧ろ頑張っていただきたいわ!それよりもキリアン様が心配ですわ!あんなに愛しそうに見つめていた女性が他の殿方に行ってしまうなんて、どんなにお辛いでしょう?...もしや、悲しみに打ちひしがられ、涙する貴重なキリアン様が見られる?人気のない教室の片隅で瞳を潤ませて切ない溜息をつくキリアン様...素敵♡...はっ!わたくしなんて事を考えていましたの?!最低ですわ!』
わたくしの心は別な方向に千々に乱れる事となり、キリアン様の不幸を期待する自分自身に幻滅する事になった。
そして、暴走したわたくしの取り巻きのお1人が編入生リリン・ネガン様の教科書をボロボロにし、あろう事かリリン様に犯人だと言われ疑われたのがわたくしが最も憧れる理想のカップルであるフェリー様だと知り、もう立ち直れないのではないかと思う程に一晩落ち込む事になった。
一晩しっかりと落ち込んだわたくしは、取り巻きが仕出かした事はわたくしの罪だと思い直し、お2人に謝罪をし、なんとフェリー様からお許しをいただいた上で「お友達になってください」と言われてしまった。
歓喜のあまり気を失いかける自分を奮い立たせながら何とか了承したが、わたくしの心はお祭りのパレード以上の盛大な盛り上がりを見せ、その夜は大興奮のあまりギンギンに目が冴え、脳内でフェリー様の言葉を思い返してはまた心が盛大に盛り上がり、翌朝のわたくしの顔には幸せの証のように隈が出来ていた。
一先ず今回はこれにてシャーリンside終了です。




