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シャーリンside
ヘルドリアス殿下の態度に幻滅しつつもまだ何処かで期待を抱いていたわたくし。
婚約したからといって頻繁に会う事もなく、婚約が結ばれて1度お会いしただけだったそんな時、殿下からお手紙を頂きデートに誘われた。
初めてのお誘いにわたくしは大きな期待を抱いてしまった。
浮き立つ気持ちを隠しつつも隠しきれない嬉しさを感じ取った兄に「浮かれ過ぎるのは淑女としてはしたないぞ」と言われつつも「楽しんで来い」と送り出され、両親にも「楽しい時間を過ごして来なさい」と言われて、馬車で半日掛けて向かったナスバーニャ。
年中暖かい土地であり、真っ青な海と白く輝く砂浜を有するナスバーニャは活気に溢れていて、降り立った瞬間潮の香りがした。
1泊2日のナスバーニャの小旅行。
ナスバーニャの視察も兼ねたその旅行は婚姻前のわたくし達には本来であればまだ早過ぎるものだったのだが、休みらしい休みも取れない殿下の為に陛下が気を利かせてくださったのだ。
「町を見て歩こうか」
殿下に誘われて2人で町を歩くと、殿下の見目麗しいお姿に沢山の女性が頬を染めるのが分かった。
立ち寄る店では売り子であろう女性が殿下に声を掛け、殿下もそれににこやかに対応する。
そのうち殿下は自ら女性達に声を掛け始めた。
最初は単に店員に声を掛け説明を聞きたいのだろうと思っていたのだが、それにしては何やらおかしいと感じ始めたのは、声を掛けるのが10人を超え始め、それも全員が女性だと気付いた時だった。
年齢的にはバラつきはあるものの、殿下が声を掛ける女性は皆クリクリとした瞳の愛らしい雰囲気の方ばかり。
声を掛けるだけに飽き足らず「素敵な髪だね」と女性の髪を一房掬い触れるか触れないかの口付けをしてみたり、興奮のあまり涙目になった女性の頬を撫でながら「素敵なレディに想ってもらえている、なんて自惚れてもいいのかな?」等と気のありそうな言葉を吐いたり...。
その間わたくしは蚊帳の外。
存在すら忘れられているように置いてけぼり。
そんな状況に耐えきれずわたくしは1人で宿泊予定の王家の別荘へと戻った。
婚約を結んで1ヶ月なのだから、殿下がわたくしの事を想ってくださらないのは仕方がない。
だからってこの仕打ちはあんまりだ。
酷く悲しくて、やり切れない気持ちが溢れ、醜い気持ちも相まってわたくしは1人で泣いた。
殿下が戻っていらしたのはわたくしが勝手に帰ってから3時間以上経った頃。
「酷いなぁ、僕を置いて先に戻ってしまうなんて」
「...殿下は他の方と楽しんでいらした様子でしたので」
さり気なく言った嫌味。
我ながら嫌な女だと思った。
「え?僕が?誰と?」
全く意味が分からないという顔をする殿下に腹が立って思わず「愛くるしい女性に声を掛けては甘い言葉を囁いておられましたでしょう!」と言ってしまった。
「あぁ、そういう事?ヤキモチ?」
女心がまるで分からないのか、単にとぼけているのかこの人の心が全く分からない。
「女性には優しくしなきゃ男として失礼でしょ?女性を口説くのは紳士としての嗜みだよ」
サラリとそう言った殿下にわたくしは「この方に期待をするのはやめよう」と思った。
きっと殿下とはわたくしが思い描くような関係は築けない。
この方は女性ならば分け隔てなく優しくし、まるで息をするように甘い言葉を吐くのだろう。
そこに殿下の気持ちが入ってはいなくても、相手が女性ならばこの方は誰にでも同じようにするのだろう。
わたくしはそんな殿方を好きにはなれない。
国王となれば子孫を残す為に愛妾や側室を置く事も認められているが、それは正妃に子が出来なかった場合の最終手段であり、推奨されてはいない。
だけど殿下との未来を想像すると、離宮に溢れる女性達の姿しか浮かんでこない。
わたくしを正妃に据え置きながら、わたくしの事も愛妾や側室達の事も分け隔てなく愛する。
女性に対して博愛主義的な考えなのかもしれないが、わたくしはわたくしだけを愛して欲しいし、もし必要に迫られて愛妾や側室を置かねばならなくなったとしても最愛はわたくしであって欲しい。
そう望む事自体烏滸がましい、実に傲慢で我儘な考えかもしれないが、そう望んでしまうのだ。
「ヤキモチを妬いてくれるシャーリンも可愛いなぁ」
心がこもっているのかどうかすらも読めないそんな言葉を囁かれても心は全く動かなかった。
2人で一緒に摂った食事中も、壁に控える別荘の使用人の若い女性に声を掛ける殿下。
楽しみだったはずの旅行が苦痛に変わり、早く家に帰りたくて仕方がなかった。
寝る前に外の空気を吸いたくなりバルコニーに出てみると、バルコニーに面した庭に殿下の姿を見つけた。
先程声を掛けた使用人の若い女性と2人で並んでいて、女性は楽しげに笑顔を浮かべていた。
「そんなに色んな女性に優しくしたいのなら、婚約なんて結ばなければ良かったでしょうに!」
「馬鹿にするのも大概になさって!!わたくしを何だと思っているの?!」
「本当に最低!最低!最低!クズ!クズ!クズ!」
用意された自室で1人、枕に口を押し当てて醜い言葉を沢山吐き出し、最悪な気持ちのまま眠りについた。
翌朝、殿下は急用が出来たそうで王都へ1人で帰ってしまっていて、わたくしはその事を伝えに来たヒューゴ様に案内されて再び町を観光して歩いた。
ヒューゴ様は幼少期からの殿下の御学友であり幼馴染で、今では殿下の右腕であり側近である人だ。
わたくしも幼い頃からヒューゴ様の事は存じており、6歳頃は頻繁に遊んでいた時期もあった。
ヒューゴ様と遊ばなくなったのは何故だったかは思い出せないが、わたくしにとっても幼馴染だと思っている。
前日の事を知ったヒューゴ様は「あの方がすまない」と謝罪してきた。
「ヒューゴ様が謝る事ではございませんでしょう?」
「しかし...」
「わたくし、気にしておりませんわ」
ご自分の事ではないのに申し訳なさそうになさっているヒューゴ様。
きっと誠実なヒューゴ様であれば、ご自分の婚約者となる方とも誠実に向き合われるのだろう。
殿下がヒューゴ様のような誠実な方であれば良かったのに...。
「ヒューゴ様の婚約者になるお方はきっと幸せね」
何も言わずに、それでいてとても切なそうな顔をしたヒューゴ様が何故か胸に残った。




