32
シャーリンside
わたくしはシャーリン・レズモンド。
この国最古の公爵家に生まれた、ただそれだけの中身は至って普通の女。
派手さを好む両親と頭の固い兄に愛されて育ったのだが、両親や使用人達はわたくしに過干渉で、幼い頃から「シャーリンにはこれが似合う」「お嬢様らしいのはこちらです」とわたくしの好みとは真逆の物ばかりを押し付けられてきた。
わたくしも嫌ならば嫌だとはっきりと断ればよかったのだが、わたくしの為を思っての行動だと分かっていたので皆を悲しませるかもしれないと考えると何も言えなかった。
わたくしの見た目はほぼお母様譲りである。
お母様は他国の元第4王女であり、その国の王族だけが持つといわれる黒髪に赤目を有しており、わたくしもその特徴をしっかりと受け継いだ。
柔和な顔をしていれば黒髪赤目は魅力的に映るだろうが生憎とわたくしはお父様から受け継いだキツく見える吊り目をしており、鏡で自分の顔を見る度に「魔女のようだわ」と思っている。
絵本に描かれている男を惑わす悪い魔女は暗めの茶色い髪に血のように真っ赤な瞳の妖艶な女で、歳を重ねる毎に自分の容姿がその魔女に近付いているようで少し悲しくなったものだ。
わたくしは淑女としてははしたないのだが恋愛小説を愛読書としており、庭の芝生に腰を下ろして暖かい陽だまりの中で恋愛小説が読めたら幸せで、そんな穏やかな日々を過ごしていたい。
けれど我が家はこの国最古の公爵家。
その公爵家の娘が何もせずに日がな一日のんびりと恋愛小説に耽る事が許されるはずもなく、幼い頃から王族に匹敵する程の淑女教育を受けてきた。
いつの間にかわたくしは「レズモンドの黒薔薇姫」等と密かに呼ばれるようになっており、お友達を作りたくても寄ってくるのは公爵家の権力に擦り寄りたいという欲が見える者ばかりになり、茶会を開いたり呼ばれたりするうちに勝手に集まって来た、恐らくは親に「シャーリン様に気に入られなさい」と命令されたのであろうご令嬢が周囲に侍るようになっていた。
大抵が家の経済状況が悪い、爵位もそれ程高くないご令嬢が多く、そういう家は寄親であったり借金をしている家の子息令嬢に下僕や従者、またはそれ以下の扱いを不当に受けやすく、また利用されて知らぬ間に見知らぬ罪を被せられて切り捨てられる事も多い。
わたくしという盾がある事でその状況から抜け出せるのであれば...そう思って容認している。
15歳で社交デビューと学園への入学を果たしたわたくしはそこで憧れの存在を見つけた。
フェリー・ロマンナ侯爵令嬢とミューゼ・ランベスト公爵令息である。
ミューゼ様の事は同じ公爵家のご令息として以前から知ってはいたのだが、その婚約者であるフェリー様を見たのは学園に入学してからだった。
何処からどう見ても「溺愛」というのが分かる程にミューゼ様はフェリー様を大切にされており、またフェリー様も恥じらいつつもそれを受け入れ、互いに互いを想い合うのが分かる関係性を築いているお2人の姿はわたくしが理想とする恋愛小説の中の恋人同士そのものだった。
氷の貴公子と呼ばれるミューゼ様が、フェリー様の前でだけはその氷を溶かして穏やかに微笑む。
視線だけで人を殺しそうなあの男がフェリー様にだけ向ける熱い、胸の奥底までもを溶かしてしまいそうな程に甘い視線。
まだ婚約者という間柄だからなのか互いに少しだけ遠慮を感じるが、見つめ合う2人の視線には誰も邪魔など出来ない確かな絆を感じた。
「素敵ですわ!わたくしもお2人のような関係になれるお相手に選んでいただければきっと幸せでしょうね」
わたくしの婚約は家の為の政略的なものしか望めない。
だけど政略的な婚約を結んだあのお2人があのような素晴らしい関係を刻んでおられるのであれば、わたくしにももしかしたらそんなお相手が出来るかもしれない。
そう思うと胸がほんわりと温かくなった。
しかし...。
16歳でわたくしは王太子殿下であるヘルドリアス・ラヴィ・グライム様の婚約者に選ばれてしまった。
ヘルドリアス殿下の婚約は本来であればもっと早くに結ばれるはずだったのだが、予定されていた隣国の第2王女様との婚約が情勢の関係上流れてしまってからはずっと婚約者不在の状況が続いていた。
殿下と隣国の第2王女様は顔合わせすらされた事がなかったようで、第2王女様を心の内に住まわせておられるのであれば寵愛は望めないのではないかと思っていたわたくしの心を少しだけ軽くしてくれた。
が、わたくしは婚約して早々にこの婚約を解消して欲しいと願うようになっていた。
ヘルドリアス殿下は金色の艶やかな髪に紫色の魅入ってしまう程美しい瞳を持つ見目麗しい、王太子と呼ばれるのに相応しい外見をされていたが、女性にはだらしがなかったのだ。
王城で働く侍女(良家のご令嬢)に頻繁に声を掛け、頬を染める侍女の頬を優しく撫でるお姿は婚約したその日に目にした驚愕の光景だった。
その事を咎めると「女の子には優しくしなきゃ。シャーリンは妬いてくれたんだね。女の子のヤキモチは嬉しいよ」と鳥肌が立つような台詞を吐いた。
『何ですの?!何ですの、あの男は?!あれが王太子?!ただの女好きではありませんか!』
しかし王太子としての彼は大変優秀であった。
犯罪の温床となっている貧民街に大胆な手法で手を入れて、そこに住む者達を追い出す事なくそこに根付かせたまま職を得る方法を考え出し、渋る議会をねじ伏せてその案を採用させて施行し、平民からの感謝と信頼を得た。
下水道というものを知らなかったこの国に、汚水処理まで施せる下水道を浸透させたのはなんと10歳の頃だと聞いた。
他にも耳にするのは「素晴らしい王太子殿下だ」と讃えられる功績ばかり。
誰もが認める、次期国王として申し分のない男。
そんな方の婚約者になれたのだから誇るべきなのだろうが、わたくしの心はどんどんと沈んでいった。
※ヘルドリアスの本心などは後程上げる予定なので、今はシャーリン視点のクズ王太子としてのヘルドリアスをお楽しみください。




