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「本日はお招きいただきありがとうこざいます」
会うなり完璧で見事なカーテシーを披露したシャーリンに一瞬見蕩れた。
頭のてっぺんから足の爪先まで一分の隙もない完璧過ぎるカーテシーは圧巻である。
流石王太子の婚約者!
「お越しいただきありがとうこざいます、シャーリン様」
「本日は妻をよろしくお願いします」
ミューゼ様が珍しくにこやかに対応している。
そんなミューゼ様をポカンとした顔で見ていたシャーリン。
最近はこういうのが多いので慣れてきたけど、どんだけミューゼ様って外で無表情貫いてるんだろう?と、ひっそりと外面モードのミューゼ様を見たい気持ちがムクムクと湧いている。
ティールームに案内し、お茶を用意してもらって漸く2人きりになったのだが、いざシャーリンと2人きりになると緊張してきた。
「...緊張しますね」
「...そうですわね...ふふふ」
フワッと花が咲くように笑ったシャーリン。
「...可愛い」
「かっ?!」
私の言葉が聞こえてしまったようで顔を真っ赤に染めるシャーリン。
うん、推せる!この子推せる!
「ランベスト邸は内装も落ち着いていますのね。我が家とは大違いですわ」
「そうですか?」
「えぇ。センスがないのですわ、うちの両親。わたくしはシンプルな物を好んでおりますのに「お前はこっちが似合う」と身に着ける物にまで口出して来ますし...お陰でこの有様ですわ」
今日シャーリンが身に纏っているドレスは何時も以上に煌びやかだ。
ドレスは赤いサテン生地の上に黒いレース生地が重ねられ、一見すると落ち着いて見えなくもないのだが、あちこちにこれでもかという程に宝石が散りばめられており、別の人が着ていたら「下品!」と言われかねない仕上がりになっている。
「フェリー様と会うのだと知るなりこれですわ。こんなドレス、趣味ではありませんのに」
シャーリンも色々と苦労しているんだな。
「この髪だって本当は巻きたくありませんのに、毎朝侍女達がせっせと巻いてくれますの。これがないとわたくしではないなんて言いながら」
「そうなんですね...あの、その髪って仕上げるのにどの位時間が掛かるんですか?」
「毎朝2時間は掛かりますわ...朝の時間は貴重ですのに、この髪を巻くだけで2時間ですのよ?!髪に2時間なんて馬鹿げてません?!」
相当フラストレーションが溜まっていたのか鼻息も荒く愚痴ってきたシャーリン。
ゴテゴテしたのが好みだと思っていたけど実際は違うんだね。
何だか一家総出で悪役令嬢の外見を作り上げられているような。
「そういえばシャーリン様はヘルドリアス殿下の婚約者なのですよね?」
「ヘルドリアス様...」
名前を出しただけですっごい嫌な顔をしたシャーリン。
「...シャーリン様はヘルドリアス殿下を嫌っていらっしゃると小耳に挟んだのですが...」
「はぁ...婚約者なんて辞退してしまえたらどんなに幸せか...」
「やはり、お嫌いなのですか?」
「...フェリー様は浮気性の殿方はお好きですか?」
「あー...嫌です」
「...そういう事ですわ。わたくし、フェリー様達に憧れておりましたの!婚姻なさる前からフェリー様を守り慈しむランベスト様のお姿はわたくしの理想とするものでしたのよ。わたくしもそんな風に殿方に愛されたいと思っておりましたのに...蓋を開けてみればあんな浮気性の婚約者ですわ!好きになれる要素などありませんわ!」
「ヘルドリアス殿下ってそういう方なのだと知ったのがつい最近で...王太子としてはご立派なのでしょうが、どの女性に対しても優し過ぎるというのは...軽薄に見えてしまいますね」
「そうでしょう?!確かにあの方は王太子としては本当にご立派で、次期王としても申し分のない方ですが、1人の殿方としては本当に最低で!...ヤダ、わたくしったら!普段はこのような事誰にも言いませんのよ?!何故かしら、フェリー様の前ですと、わたくし、自分を取り繕う事が出来なくなるようですわ」
「それは嬉しいです!ここには私達しかいませんし、私達友達なのですから、2人だけのここだけの話として何でも吐き出してください」
「あ、あの...それでしたら、わたくしの事はシャルと、お呼びいただけますか?」
「えぇ、勿論!私の事はフェリーと呼んでください!口調も取り繕わなくて構いません」
「ありがとうございます、フェリー」
頬を染めるシャーリンの可愛い事!
「フェリー、改めてこの前はごめんなさい。わたくしの指示ではないとは言え、わたくしの周りにいる者達があなたに迷惑を掛けてしまって、本当にごめんなさい」
「その事は本当に気にしてないから。私に謝る必要はないのよ」
「リリン様にも本当に申し訳ない事をしてしまったわ。わたくしとしてはリリン様に頑張っていただいて、殿下の婚約者の座を射止めていただけたらって思っていたのだけど」
「そうなの?!」
「そうよ!」
「本当に嫌いなのね」
「...好きにはなれないわね...お顔はお綺麗だと思うのよ?でもそれだけ。他に婚約者の座を望む方がいらっしゃるなら熨斗をつけて、何ならわたくしの個人財産から感謝料をつけて差し上げてもいい位に、代われるものなら代わってもらいたいわ」
「うわぁ、そこまで...」
「そう、そこまでなのよ...」
ゲームでは強火な嫉妬をする程にヘルドリアスを愛していた(多分)シャーリン。
でも現実はリリンに婚約者の座を譲りたい程に嫌がっているとは驚きだ。
でも確かにねー、あのヘルドリアスのチャラい感じは嫌だわ。
誰にでも優しい彼が私にだけ見せる特別な優しさにキュン♡なんてシチュエーションが好きな人はいるんだろうが、私が知ってるのはミューゼ様からの愛しかなく、その愛と比較すると「けっ!」と思ってしまう。
私にだけ優しくて、他はどうでもいいって方が嬉しい!絶対!
「フェリーとランベスト様は、その、政略的な婚約、だったのよね?」
「初めはそうね。私の父がランベスト家の治水事業に技術と資金を提供したのがきっかけで結ばれた婚約だったわ」
「それが今では溺愛!はぁ♡素敵よね♡」
「溺愛ではないと思うけど」
「何を言うの?!溺愛よ、溺愛!フェリーしか見えないって一途さを隠さないあのランベスト様の姿!フェリーにしか見せない微笑み!あれこそが理想の王子様だわ!」
「ミューゼが王子様...何だか似合わないわ」
「わたくしにもそういう殿方が現れないかしら...はぁ」
「シャルはどんな人が好みなの?」
「わ、わたくしの好み?!...笑わない?」
「笑わないわよ」
「わたくし、お顔は凛々しい方よりも可愛らしい方が好みなの...何だか守って差し上げたいと思うような愛くるしさを持った方がいざという時はわたくしを守ってくださる。そして一途に愛し愛される...」
首まで真っ赤にして話すシャーリンがそれまた可愛くて!!
何だか本当に別な扉が開きそうだ。
「おかしいでしょ?こんなキツい顔をしたわたくしがこんな事を言うなんて」
「全然おかしくない!寧ろ可愛い!」
「かっ?!可愛い?!わたくしが?!」
「すっっっっごく可愛い!」
「あ、あっ、ありがとう」
照れまくるシャーリンも可愛い。
「シャルの好みのタイプだと...キリアン様みたいな顔かな?」
キリアンの名を出した途端、それまで以上に顔を真っ赤に染めたシャーリン。
ん?これは?もしや?
「もしかしてシャル、キリアン様の事」
「なっ、なっ、何を仰るのやら?キ、キ、キ、キ」
「キリアン様?」
「そ、そう、その方!そんな方、存じ上げません事よ!オホホホホ」
「...動揺しまくりじゃない?!」
「ど、ど、動揺など、これっぽっちもしておりません事よ!オホホホホ」
動揺するとシャーリンは口調が悪役令嬢調になりオホホ笑いをするらしい(面白い)。
「へー、キリアン様かー。キリアン様ねぇ」
「で、ですから!違いますのよ、本当に!キ、キリアン様、でしたかしら?!そのような方は存じ上げません事よ!オホホホホ」
可愛いし、面白いぞ!
でも、そっかー、キリアンかー、キリアンが好みなのかー。
ってか、この反応は好きだよね?
LikeじゃなくてLoveだよね?




