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1週間程学園を休んだリリンは、やっと登校して来たと思ったら大人しくなっていた。
あれだけ日替わりでヘルドリアスとヒューゴにベタベタしていたのにそれがピタリと止んで、1人で教室にいるのが目に入る。
急な変化に「何があった?」と心配になるレベルだ。
「リリン様はどうしたのでしょう?」
授業中にぼんやりとリリンを見ながら呟いた声を拾ったミューゼ様が「気になるのか?」と聞いてきた。
別に私が気にする事ではないんだろうが、気になるのは仕方がない。
「気になります」
「フェリーは優しいな」
授業中なのに授業そっちのけで小声で話している私達(授業聞け!)。
ミューゼ様の話によるとリリンの養父母である子爵夫妻が学園に呼び出され、教科書の件は学園側として謝罪されたそうだが、その上でリリンの日頃の行いが厳しく注意されたらしい。
それを受けて子爵夫妻はリリンを家庭内で再教育し、しっかりと言い聞かせた上で学園に復帰させたのだそうだ。
子爵夫妻の再教育のお陰なのか、リリンが反省したのか、リリンは今までの行いが嘘みたいに大人しくしている。
でも何時もぼっちである。
登校を再開して3日程経っても誰もリリンに話し掛けない。
私もミューゼ様がいなければぼっち確定だけど、ぼっちって結構辛いと思う。
リリン、大丈夫なのかな?
*
お昼休み。
私とミューゼ様は何時もの裏庭の四阿で2人きりのランチをしていたのだが、そこに現れた見知らぬ女子にお話があると呼び出された。
当然ミューゼ様も着いて来たが、向かった先にいたのはリリンと何やら煌びやかな女の子とその取り巻きかな?って人達。
煌びやかな女の子に見覚えがあるような?
黒髪を見事に縦ロールに巻いた赤目の女の子は、凛としつつも目付きが鋭く、「あ、この子悪役令嬢だ!」と分かる顔付きをしている。
誰ルートの悪役令嬢だっけ?
確かミューゼ様ルートで断罪される時に後ろの方にいた気がするけど...。
ゲーム内では最初に選んだ攻略対象者以外は他の攻略対象者達は出て来ない。
断罪される時に後ろの方にチラッといるけど絡む事はないから、一緒に断罪される他の攻略対象者達の婚約者達の事なんてほぼ知らない。
ヘルドリアスの婚約者がヘルドリアスに夢中で嫉妬心過多だとか、ヒューゴの婚約者は陰湿で嫌がらせもまた陰湿だとか、マリオンの婚約者はすぐにブチ切れて手を上げるタイプだとかゲーム板で見たけど、その位の情報しか持ってない。
因みにフェリーはミューゼ様にゾッコンで、最初は注意等の苦言をリリンに呈するのだが、それでも加速していく2人の恋心に焦り最終的に人を雇ってヒロインを酷い目に遭わせようとするのだが、人を雇って酷い目に遭わせるのは各ルートで悪役令嬢達が行う事が決定付けられていて、その窮地を攻略対象者達が助け出すまでがお決まりとなっていた。
私はしないよ、そんな事。する気もない。
ダメ、犯罪!
「お呼び立てして申し訳ありません」
黒髪縦ロールがバサッと揺れ、悪役令嬢だろう女の子が深々と頭を下げた。
姿形は悪役令嬢だけど多分悪い子ではなさそうだ。
「わたくし、シャーリン・レズモンドと申します。お2人とはお話させて頂くのは初めてと存じます。一応、ヘルドリアス殿下の婚約者、という事になっております」
うぉぉ!ヘルドリアスの婚約者さんだったか!
「この度お呼び立て致しましたのはお2人に謝罪したい事がございましたので...」
「謝罪、ですか?」
「はい...お2人にはわたくしのお友達が大変迷惑をお掛けしたようで...それもこれもわたくしを思って仕出かした事のようですので、わたくしが謝罪するのが筋かと思いまして...」
あー、もしかして教科書の件?
「まずはリリン・ネガン様。貴方様の教科書を台無しにしてしまい申し訳ございません。全てはわたくしの不徳の致すところでございます」
リリンに深々と頭を下げる公爵令嬢シャーリン。
貴族って高位になればなる程人に頭を下げるなんてしなくなるのに、この人はちゃんと頭を下げられる人。
好感度高い!
しかも話的に自分が指示した訳でもなさそうなのに、自分の取り巻きのした事だからと代表して頭を下げられる器のデカさよ!
友達になりたい!
「...悪役令嬢シャーリンが謝罪?何で?」
「またここでも悪役令嬢か」
ミューゼ様が心から嫌そうな声でそう言った言葉は私にしか聞こえていなかったようだ。
「お許しいただこうとは思っておりませんが、まずは謝罪をと思いまして、この場を設けさせていただきました。今後このような事がなきよう、わたくしもしっかりと目を光らせますので...申し訳ございませんでした」
子爵令嬢に頭を下げる公爵令嬢の図は何とも奇妙な光景だ。
謝罪している側のシャーリンは本当に申し訳なさそうにしているのに、後ろにいる取り巻き達は顔を青くさせていたり、「何故?!」って顔をしていたり様々。
「あなたも謝罪なさい!」
多分教科書をボロボロにした実行犯なのだろうご令嬢がシャーリンに促されて頭を下げたが、その顔にはありありと不満の色が浮かんでいた。
「何故シャーリン様が謝罪するのです?!悪いのは殿下に近付くその」
「黙りなさい!」
場の空気が一気に静まるその声は何処までも気高く聞こえた。
「人として、民の見本となるべき貴族として恥ずべき事をしたのです!謝罪するのが筋!それ以上は許しません!」
シャーリンの声に取り巻き達は一気に項垂れてしまった。
「何よ、悪役令嬢のくせに...え?待って!って事は私王太子ルートには入ってるって事?!」
何やらブツブツと言い始めたリリン。
この子は反省したのではなかったのかい?
「フェリー・ランベスト様。貴方様にも冤罪を着せてしまう形となり大変申し訳ございませんでした」
私に向き合い頭を下げるシャーリン。
やっぱ好きかも、この人!
「頭を上げてください、シャーリン様。私はミューゼに守ってもらい被害等被ってはおりません。謝罪も必要ないかと思います」
「いいえ!一時的にでも犯人として扱われたと聞き及んでおります!そのような目に遭わせてしまった事は全てわたくしの責任です!本当に申し訳ございませんでした」
「...許します」
「ありがとうこざいます」
顔を上げたシャーリンは薄らと涙目。
キツい顔をしているけど涙目はキュンキュンする程に可愛い!
うぅぅぅ!お友達になりたい!なって欲しい!
チラッとミューゼ様を見ると「いいんじゃないか?友達になりたいのだろう?」と言ってくれた。
この人はエスパーなんだろうか?
何時も私の考えを的確に汲んでくれる。
「あ、あの...こんな事を申し上げるのは大変失礼な事かもしれませんが...よろしければお友達になっていただけませんか?」
「はぁ?!悪役令嬢が手を組むの?!」
横の方からリリンの声がしたが無視である。
「お、友達、ですか?わたくしと?」
「駄目、でしょうか?」
「いえ、いえいえ!そんな事を言われたのは初めてでして...その、わたくしでよろしいのでしたら、是非に」
「ありがとうこざいます!」
こうして私とシャーリンは友達の第一歩を進む事になった。
横の方でリリンが「有り得ない!...あ、でもこれって悪役令嬢が手を組んで私を陥れるルートに入るパターン?」と言っていたのは完全に無視した。
そもそも共闘して陥れるルートなんて存在しない!




