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2時限目から学園に行くと王太子殿下がにこやかに近付いて来た。
ヘルドリアス・ラヴィ・グライム。
トゥーラバの人気No.1攻略キャラである。
金髪に紫色の瞳のThe王子といった甘くも凛々しい容姿のヘルドリアスは公務等はしっかりとした王太子然とした顔を見せるものの、ヒロインの前では様々な表情を見せる。
優しく包み込むような包容力と力強さを見せながらも時には甘えるそのギャップが堪らないのだと言う人達が沢山いた。
私的には「それでもミューゼ様が一番さ!」と思っていたのだけど。
実際、この世界のミューゼ様は頼れるし、甘えてくるし、色気凄いし、時々斜め上の方向に進むけどそんな所もまた可愛いし...あー、鼻血出そう。
「おはよう、ミューゼ!そろそろ君の細君を僕に紹介してはくれないかい?」
「...チッ」
え?舌打ちしました?しましたよね?
ヘルドリアスとは何度か会った事(デビュタントの時や家族で王城に行った際などに見掛けた程度)はあったが直接会話をした事はなく、ミューゼ様とは親しいようだがミューゼ様には「あんなやつと話す必要はない」と近付かないように言われていた。
相手が王太子殿下だから私も不用意に近付く事はなかった。
「ねぇ?今舌打ちしたよね?酷いなぁ!何時もミューゼは僕に対して不遜な態度だよね。まぁ、だからこそ信用出来るんだけど」
ヘルドリアスにも舌打ちが聞こえていたようでにこやかな笑顔を崩さないままミューゼ様に話し掛けている。
「おはようございます、ミューゼ、フェリー殿」
そこにヘルドリアスの側近であり後の宰相のヒューゴ・オラリスまで登場した。
ヒューゴとは何度か会話した事があったが、親しいかと聞かれたらキッパリとNoと言える関係である。
最後にした会話は去年で、「ミューゼは何処に?」「さぁ」だったはず。
「またミューゼに絡んでるんですか?あなたって人は全く」
ヒューゴがヘルドリアスを横目で見ながらわざとらしく溜息をついた。
「人聞きが悪いぞ!僕はいい加減ミューゼに細君を紹介しろと言っていただけだ」
「...紹介なんて必要ないだろう!」
「おはようございます、殿下」
「おはようございます!」
そこにマリオンとキリアンまで参加して来た。
何この攻略対象者達揃い踏みの異様な光景は!
ヒロインを取り囲むならまだ分かる!
何故私のそばに集まる?
...帰ってよろしいでしょうか?
「ミューゼに細君を紹介してもらおうと思ってるんだけど、ミューゼが嫌がるんだよー」
マリオンに向かって拗ねたようにヘルドリアスが言うと、マリオンが「あなたに紹介したくない気持ちは分かります」と何とも不敬な事を言った。
そんな事言ってもいいの?!
「...こうなるとこの人執拗いですよ。紹介したらどうです?」
「...妻のフェリーだ!...紹介したからもういいだろう!」
「え?待って!それが紹介?嘘だろ?そんな紹介はないだろう!ちゃんと紹介してくれよ!」
ミューゼ様は私の名前だけ紹介して(私の事は背中に隠しながら)終わろうとしたのだがヘルドリアスが食い付いてきた。
ゲーム内でのヘルドリアスの事はよく知らないけど、こんな性格だったんだ...何か想像と違う。
もっとキリッとしてるのかと思っていたが、今目の前にいるヘルドリアスはちょっと情けない(というか軽薄?ノリが軽い?)感じがする。
「一応名前は紹介してもらったんです、もういいでしょう」
「あれは紹介とは言わないだろう!」
「...対あなたですからね。あぁなるでしょう」
ヒューゴにこんな風に言われる王太子殿下ってどんな人?
扱い雑なんですが、いいの?
ミューゼ様の背に隠されながらオロオロしていると、それに気付いたマリオンがそっと「あの人は女癖が悪い所があるのです」と告げて来た。
「え?そうなの?」
「はい...婚約者様にもそれで嫌われているんですから、ミューゼも紹介なんてしたくないでしょうね」
意外過ぎる新事実である。
ゲーム内のヘルドリアスもそういうキャラだったんだろうか?
ヒロインとの愛に芽生えて心入れ替えるとか?
え?でもゲーム板では「嫉妬に狂った婚約者みっともない」とか言われてたから、ゲームでは少なくとも婚約者さんに愛されてたはずだよね?
嫌われてるの?
何が何やらさっぱり分からない。
「何時も張り付いてるあの女はどうした?擦り寄られて満更でもない顔してたじゃないか」
ミューゼ様が唐突にそんな事を言い出した。
あの女とはリリンの事だろう。
「ん?彼女?暫く学園を休むようだよ。それにさ、そんな誤解を生じるような言い方はやめてくれる?女の子には優しくが信条なだけで、別に疚しい関係じゃないからね、彼女とは。それに彼女、本当は僕の事なんてどうでもいいんじゃないかな?ベタベタしてくるのに熱量は感じないし。僕を相手によくそんな真似出来るなぁって思うけど、チャレンジ精神逞しくて面白いよね。でも流石に最近は度が過ぎてて困ってるけどね」
「...鼻の下伸ばしてた人がよく言いますね」
「ヒューゴだってベタベタされてたじゃないか!」
「僕は彼女に注意してましたよ、何度も。女だからって注意もしないどころか角が立たないよう庇い立てるようなあなたとは違って。でも人の話を聞くタイプの人間ではないと判断したので以降はいない者として扱っていました」
「え?空気扱い?酷いなぁ!女の子だよ?優しくしなきゃ!」
「あなたとは違いますからね、僕は。僕は例え馬鹿でも人の話を聞き努力しようとする馬鹿なら許せますが、人の話を聞かない馬鹿は容認出来ない質なので。あなたのように女なら見境ない人間でもありませんしね」
英雄色を好むと言うが、ヘルドリアスもそのタイプなんだろうか?
ヘルドリアスが王太子になってから、ヘルドリアスの功績として上げられている物が結構あり、それは全て高い評価を得ている。
王太子としては文句無しに優秀なタイプで間違いないのだろうが、まさかの女にだらしないタイプだったとは!
うわー、引くわー。
私、この人の婚約者に転生しなくて良かったわぁ!
「さぁ、改めて紹介してよ!ね、ミューゼ」
「必要ない!さっきので十分だ!」
「えー、ちゃんと紹介してくれなきゃ家に押し掛けちゃうよ?王家からの正式な訪問、しちゃうよ?それでもいいの?」
「クッ...」
「あなたって人は何処まで大人気ないんですか?!」
私の中のヘルドリアスのイメージが崩壊しまくりである。
「ミューゼ様?」
ミューゼ様の服をちょいちょいと引っ張り「私はいいですよ」と目で合図を送ったのだが、ミューゼ様は「ヤダ!」って顔をしている。
その顔が何ともいえない可愛さでクラっとした。
その後私はきちんと紹介されたのだが、「よろしくね!仲良くしようね」と手を伸ばしてきたヘルドリアスのその手をミューゼ様が思いっ切り叩き落とした。
「触れるな!」
「痛っ!いいじゃないかー、握手くらい!減るもんじゃなし!」
「減る!穢れる!」
いや、握手くらいで私は減りませんよ。
「穢れるって酷すぎない?僕バイ菌扱い?!」
「同等だ!」
そう言い切ったミューゼ様。
紹介されている間も私はしっかりと腰を抱かれてベッタリくっつかれていたのは言うまでもない。




