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リリンside
何とか気持ちを落ち着かせて教室に戻ると氷のように冷たい声が聞こえた。
「転入生!」
あまりの声の冷たさに体がビクッと強ばった。
「ミューゼ...いいから」
ミューゼ様の隣でしおらしそうな声を出しているフェリー。
あんたのせいでこんな事になってるっていうのに!
「良くない!今後もフェリーを傷付けようとするかもしれないだろう!」
何でそこでそいつを庇うの?!そこにいるのは私のはずでしょ?!
「多分大丈夫だから」
だから何であんたが善人面してんのよ!
出かかった声はミューゼ様の人をも殺しそうな視線に飲まれた。
怖い...あんなに怖い人だった?
「またフェリーに何かしたらお前を全力で潰す!」
ミューゼ様に投げられた言葉に足が竦んだ。
どうして?何で?
そう思うのに声が出せない。
足元から全身が冷たくなっていく。
怖い...そう思ってしまった。
*
少しだけ私の話をしよう。
私の前世の記憶は高校1年の夏で終わっている。
トゥーラバにどハマりし、あまりのハマりっぷりに周りから一気に友達がいなくなってぼっちになったけど、ミューゼ様がいればそれだけで良かった。
完全にトゥーラバヲタになっていた私に声を掛けてくるやつら(トゥーラバやり込み派達)もいたけど、私は同担拒否派でミューゼ様にガチ恋勢だったから、そいつらが「ミューゼってヤバいよね」って言った時は取っ組み合いの喧嘩になった。
好感度は上がり辛いし、笑顔なんて後半からしか見られないけど、ミューゼ様は美の集合体であり私の、私だけの最推し。
二次元キャラとはいえ誰かと共有なんて絶対嫌だったし、悪く言うやつなんて虫ケラ以下な存在でしかなかった。
同担歓迎派も大嫌いだった。
何が「みんなのミューゼ様」だ!
みんなの、なんて生温い事言ってる時点で愛なんてねぇじゃん!
好きなら、愛してるなら他人と共有なんて死んでもヤじゃん!
私のミューゼ様にベタベタと汚ぇ手垢付けんじゃねぇよ!
そう思ってたから本当に嫌いだったし、受け入れたくもなかった。
まぁ、一応はミューゼ様以外のルートも全部やったけど、他の攻略対象者達にそこまでの魅力は感じなかったし、ミューゼ様にくっ付いてるオマケ程度だった。
学校の帰り道、スマホに保存してたミューゼ様の画像を眺めながら歩いていたら全身に衝撃が走り、目の前がグルグル揺れた。
スマホに夢中になる余り私は赤信号の横断歩道を歩いてしまっていたらしい。
「あ、これ死ぬやつだ」
不思議と痛みはなく、ただ流れていく気持ち悪くなるような景色を見ていた。
「死ぬんだ、私...」
そう思った時、まだミューゼ様のスチルを全開放してない事を後悔した。
寄り道程度に他のルートをやっていた事を激しく後悔した。
だから前世の記憶が蘇った時は死ぬ程嬉しかったのに、何で上手くいかない?!
悪役令嬢が妻になってて妊娠までしてるって何?!
ムカつく!ムカつく!ムカつく!!
ここは私の為の世界のはずなのに!
...でも子爵夫妻に迷惑は掛けられない。
私を養女にしてくれた優しい人達。
多分今フェリーに何かしたら間違いなくミューゼ様に潰されてしまう。
今は不本意でも大人しくしてなきゃ...。
この世界はトゥーラバの世界。
待っていれば悪役令嬢が私を虐め始めてその正体が暴かれる。
そうなればミューゼ様はフェリーの事を見限って私の元へ戻って来る。
きっとそうだ。だから大丈夫。今だけの我慢だ。
ミューゼ様の隣に立つ自分を想像し、泣き喚いてみっともなくミューゼ様に縋り付く惨めなフェリーの姿を思い描くと胸がスッとした。
☆補足情報
リリンの前世は女子高生です。
リリンはトゥーラバにハマったから友達がいなくなったと思ってますが、実際は性格の悪さ(というか熾烈さ)から友達が消えていきました。
本気で二次元キャラであるミューゼの事を「私がミューゼ様の本当の運命の相手」と考えていた子であり、サクラをゲーム板で攻撃したのもリリンです。
そこそこな自己中タイプですが自分が自己中なんて思ってはいません。
でも養女にしてくれた子爵夫妻には感謝しているので迷惑は掛けたくないとは考える優しい?一面も持ち合わせてはいます。