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リリンside
両親がいた頃の記憶は薄らとしか覚えていない。
私の両親は行商の仕事をしていた。
2人で仕事に出掛ける時はお隣のおばあさんの家に預けられて両親の帰りを待っていた。
その日も同じように両親を待っていたのだが、両親は帰って来なかった。
それから数日をおばあさんの家で過ごしていたのだが、おばあさんが真っ青な顔をして私に「リリン、しっかりお聞き。リリンのお父さんとお母さんが盗賊に殺されてしまったんだ。分かるかい?」と言った。
「お父さんとお母さんはもう帰って来ないの?」
「あぁ、もう帰って来ない...リリン、私は身寄りのない年寄りだ。何処まで守ってやれるか分からないが、一緒に暮らすかい?」
「...うん」
こうして血の繋がりもない、ただのお隣の優しいおばあさんが私の養母となった。
だけど6歳の時にそのおばあさんも亡くなり、私は本当に1人になった。
だけどおばあさんは自分の死期を悟り孤児院に話を通してくれていたようで、程なく孤児院から職員がやって来て、私は孤児院で暮らす事になった。
孤児院には私と同じような境遇の子や、私よりも酷い境遇の子供が沢山いた。
弄れた子や心を閉ざして誰とも口をきかない子もいた。
私はというと、別に悲観したりしていなかったので普通に過ごしていた。
何故だか分からないけど昔から私は「将来幸せになれる」という確たる自信みたいなものがあって、その自信が何処から来るのかは分からなかったが何があっても大丈夫だと思っていたのだ。
施設で暮らし始めて3年が経った頃、私はキリアンという男の子と出会った。
小さくて何だか犬みたいな雰囲気のその男の子と仲良くなり、そのうち「幼馴染」なんて呼ばれる程の時間を一緒に過ごした。
そんな私に転機が訪れたのは15歳の時だった。
たまたまお使いで町に出ていた私を子爵夫妻が見ていたようであっという間に養子縁組がなされ、私は子爵令嬢となったのだ。
養父母となったネガン夫妻はとても穏やかで優しく、色んな事を教えてくれた。
子爵令嬢となった為に職業訓練校は辞めなければならなくなったのだが、次の学校が決まるまではと通わせてくれた。
子爵家で雇われた家庭教師に貴族としての立ち居振る舞いやマナー等を学びながら、貴族として学校に通えるだけの勉強も教えてもらい、何度も音を上げそうになる私を優しく包み込むように慈しんでくれた。
ある程度の座学で合格点をもらえるようになった私に子爵夫妻は学園に通う事を提案してきたのだが、その学園の話を聞いていた時に私は思い出したのだ、前世の記憶を。
私はこの世界を知っている!
そうだ!ここはトゥーラバの世界で私はヒロインだ!
そしてキリアンは攻略対象者の1人!
全てを思い出した私は「やっぱり私の未来は幸せが待っている」と確信した。
この世界は私が前世で嵌っていた乙女ゲームの世界であり、私は選ぶ側のヒロイン!
勝ち組だ!
前世での推しはミューゼ様!
彼を私だけのものにしたかった私は、生まれ変わったこの世界でその願望を叶える事が出来る!
そう思ったら編入試験の勉強も苦ではなくなった。
学園に編入するにはかなり難しい試験を突破しなければならず、それまで学んだ事など生易しい物だったのだが、ミューゼ様が手に入ると思えば何て事はなかった。
そうして無事に編入試験に合格して意気揚々と学園に向かったのだが、他の攻略対象者達はいるのに肝心のミューゼ様が見当たらないまま一週間が過ぎた。
この世界に逆ハーはなかったが、取り敢えずキープしといてもいいだろうと思って殿下達には接近しておいた。
私はヒロインなのだから、私が微笑めば殿下達なんてイチコロだ。
実際腕を組んで体を擦り寄せても「やめろ」なんて言われなかった。
そんなふうに過していたらやっとミューゼ様が現れたのだが、何故かミューゼ様はミューゼ様サイドで悪役令嬢である婚約者のフェリーに寄り添っていた。
「何で?!何で悪役令嬢が?!しかも妻って何よ!...そうか!あいつも転生者だ!転生チートでミューゼ様を攻略したんだ!絶対そうだ!じゃなきゃミューゼ様が悪役令嬢と一緒にいるはずがない!絶対別れさせてやる!」
悔しくて腹立たしくて文句を言ってやろうと思ったのに、ミューゼ様のガードが固くて悪役令嬢に近付けなかったのだが、やっとそのチャンスを掴んだ。
こっちが問い詰めても本当に分からないのかとぼけまくる悪役令嬢フェリー。
ムカつく!本当に何なの、この女!
ヒロインの立ち位置奪うとか有り得ない!
フェリーなんて船じゃあるまいし、ダサすぎなんだよ!
本当に邪魔でムカついて思わず手を上げた私を止めたのは、攻略対象者の1人であるマリオン・グルーガーだった。
「は、放して!誤解なんだって!」と言う私の声なんか聞かず「言い争う声が聞こえたから来てみたが、まさか君が身重のフェリー殿に暴力を振るおうとするとは!」と言われて耳を疑った。
「み、身重?!身重って?!え?妊娠?!」
何で悪役令嬢が妊娠してんの?!嘘でしょ?!
半ばパニックになりそうな私の耳にマリオンの「この事はミューゼにも報告させてもらう!」と言う声が届いた。
ミューゼ様に報告?!駄目!やめて!
でも何で妊娠?!何なの?!何が起こってる?!
「ちょ!ちょっと待ってよ!え?何?!妊娠してんの?!え?ミューゼ様に報告?!ヤダ!何で?!何でぇぇ!」
本当にパニックになっている私にフェリーは申し訳なさそうに「申し訳ありません、リリン様...そういう事ですの...だから先程のお話はやはりお断りさせていただきます」と言った。
「妊娠...嘘でしょ...ミューゼ様の初めては卒業後3年経って式の後だったはずなのに...」
そう、ミューゼ様の初めてはファンディスクに収録されていたのだ。
悪役令嬢を断罪して学園を卒業した私達は順調に愛を育み3年後に式を挙げる。
そしてその初夜で私は自分の初めてを捧げ、ミューゼ様も私に初めてを捧げてくれるのだ。
なのに何で悪役令嬢が妊娠してるの?!
妊娠したって事はミューゼ様とやったって事だよね?!
何で悪役令嬢がミューゼ様の初めて貰ってんの?!
ないないない!有り得ない!有り得なさ過ぎる!
悪役令嬢が妊娠してるなら私と結ばれるルート消えるじゃん!
...あぁ、これ夢だ。
そうだ、夢だわ、夢!
私はミューゼ様と結ばれる為にこの世界に転生してきたんだもん!
悪役令嬢とミューゼ様が結ばれるなんて悪夢が現実なはずがない。
そう思う事で私は何とか自分を保っていた。
☆補足情報
何かと問題行動多めなリリンですが、学園に通っているのは貴族だけなので平民と関わり合いを持った事がない周囲の生徒達には「平民ってこんな感じなのね」と思われています。
同時に「同類に見られるのは嫌だ」と遠巻きにされています。
攻略対象者達の婚約者さん達は面白くない気持ちですが、クラスメイト達からしたら「またやってるよ」位にしか思われていません。
基本的に授業は真面目に受ける(作中ではちょっとサボりましたが)為学園での評価は普通ですが、貴族としての振る舞いがなっていない事は把握していて、その為の指導はしています。
攻略対象である王太子も「まだ貴族社会に馴染んでいないのだから仕方がないのかな?元は平民だし、貴族令嬢としての常識が不足してるんだろうね」位に考えている為迷惑でも特段注意する事もなく、リリンの勘違いが増長しています。