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学園に到着し、ミューゼ様と2人で教室に入ると何故か注目を浴びた。
異変に気付いたミューゼ様が「何だ?」と渋い顔をしている。
その横顔にキュンとしていると教室前方からリリンが「絶対にフェリー様よ!」と叫んだ声が聞こえた。
嫌な予感しかしない。
私達が来たのを知ったリリンがボロボロの教科書を手にズンズンと近付いて来るので、ミューゼ様が私を背中に隠した。
「何用だ、転入生!」
ミューゼ様の凍り付きそうな声と視線に一瞬怯んだリリンだが、急にしおらしい声を出し「フェリー様が...これを...」と教科書をミューゼ様に差し出して来た。
「お前はこれをフェリーがやったと言うのか?」
「...フェリー様以外に考えられません」
「ふっ...馬鹿馬鹿しい。フェリーがお前如きを構う訳がない。ましてやこんな幼稚な真似をするはずがない」
「...フェリー様を信じたい気持ちは分かります...でも!」
「そもそもフェリーにお前の教科書をこんな風にする時間なんてない。四六時中俺と一緒にいるのに、どのタイミングでこんな事が出来るんだ?」
「それは、放課後とか...」
「それこそ有り得ん!フェリーは身重の体だ!必須教科の授業が終わり次第帰宅する、俺と共に。放課後まで残っている事はない!」
「でも!フェリー様しかこんな事」
「お前、フェリーの何を知っている?フェリーは女神の如く優しい女性だ、お前と違ってな。その教科書だって殿下達に近付くお前を良く思わない誰かの仕業だろう?」
「そんな...酷い...」
「現にお前はトイレで『生意気だ!』と言われていたではないか!それを助けたフェリーに楯突いていたのも知っている。しっかりと聞こえていたからな」
「あれは...そんなつもりじゃ...」
「どんなつもりでフェリーに罪を着せたいのかは知らんが、これ以上は容認出来ん!俺を、ランベスト家を敵に回す事の恐ろしさを思い知りたいか?!」
「ご、ごめんなさい!私の勘違いみたいです!」
「次はないと言ったはずだ!この件でこれ以上騒ぎ立てるならその時は容赦しない」
「ごめんなさい...」
去り際、わざわざ私の横を通り過ぎて行ったリリンが「チッ!悪役令嬢の癖に」と小声で言ってきたのだが、私に聞こえるという事は非常に耳がいい(足音だけで私を判別出来る程に)ミューゼ様にもしっかりと聞こえる訳で「おい!待て!」とミューゼ様の教室を凍り付かせそうな冷たすぎる声が響いた。
「余程俺を怒らせたいようだな!」
「ち、違います!私は何も」
「しっかりと聞こえている!フェリーを悪役令嬢と呼んだだろう!」
「だって、それは」
「フェリーの何処が悪役令嬢だというんだ?!フェリー以上に心も体も顔も、その存在全てが完璧で美しい女を俺は知らない!フェリーを悪役令嬢と呼ぶならばお前は極悪醜悪性悪令嬢だろう!」
ミューゼ様の言葉にリリンが呆然としている。
聞いていた私ですら一瞬唖然としたのだ。言われた当人ならばショックは相当だろう。
まぁ私は別の言葉に唖然としたのだが。
ミューゼ様の中で私の評価ってどうなってるの?!って。
「...何でよ...何でヒロインの私がそんな事言われなきゃなんないのよ...ミューゼ様は私のものなのに...私のものなはずなのに...」
ブツブツと呟くリリンの声すらもしっかりと拾ったミューゼ様が眉間に深い皺を寄せて、心底嫌そうな顔をした。
「何時俺がお前のものになった?気色悪い!俺は婚約した時からフェリーだけのものだ!」
恥ずかしげもなくそう言い切ったミューゼ様の言葉に何故か教室から拍手が起きた。
そっとリリンに近付いたミューゼ様はリリンと私にだけ聞こえる声で「お前、精神科に行った方がいいぞ。相当狂っている」と冷たく言った。
泣き出しそうな顔をしてミューゼ様を見た後に私を睨んだリリンはそのまま走って何処かに行ってしまい、その日はそのまま戻って来なかった。
といっても私達は3時限目が終わったら帰宅したので、その後戻って来たかもしれないが。
*
「今日は散々だったな」
「...ミューゼが守ってくれたから」
「守るのは当然だ。俺の愛しい妻なのだから」
帰りの馬車の中、ミューゼ様に何時ものように膝の上に座らせられて首筋に顔を埋められてそんな事を言われた。
首筋にかかる息が擽ったくて何だかムズムズする。
「フェリーの香りは甘いな」
え?!嗅いでるの?!ちょっと待って!どんな匂いなの?!
思わず自分の腕の香りを嗅いでみた。
「クククッ...」
そんな私を見てミューゼ様が楽しそうに笑っている。
「嗅がないで下さい...恥ずかしい...臭かったらどうするんですか」
「フェリーは何時も良い香りがする。同じ石鹸を使っているのに俺とは違う甘い優しい香りがする。フェリーの香りが好きだ」
「...ミューゼは爽やかな香りがしますね」
お返しとばかりにミューゼ様の香りを嗅ぐと、石鹸の香りの奥に何とも言えない爽やかな香りがした。
「俺の香りは嫌いか?」
「いえ、好きです」
何だろうか...そこはかとなく恥ずかしいこの空気感。
ゲームの中ですらここまで甘い雰囲気はなかったのに、対私との間で醸し出されるこの甘過ぎる空気は一体何なんだ?!
私だから...なんて自惚れてもいいだろうか?
ゲーム内のヒロイン以上に愛されてるって思っても罰は当たらないかな?
ミューゼ様を見つめていたらミューゼ様がスっと目を逸らした。
「その顔は...反則だ...自制が利かなくなる...可愛過ぎるだろう」
「え?」
今どんな顔をしてたの、私?
ミューゼ様の顔や耳が見る間に赤く染まって行く。
「安定期も目前だ...ミヤの許可さえ下りたら...優しく優しく...」
ブツブツと言っているが膝の上にいるので丸聞こえだ。
それって、そういう事、だよね?
途端に私も顔に熱が集まって来て、2人とも何とも微妙な空気のまま家までの道程を無言で過ごした。




