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「あぁぁぁぁぁ!何でこのタイミングなのぉぉぉぉぉ!」
屋敷に轟く私の絶叫に慌てて皆が部屋に飛び込んできた。
あぁ、私の家族だ、今世の。
そこでプツンと私の意識は途切れてしまった。
*
私の名前はフェリー・ロマンナ。
前世の名前はサクラ。
前世の自分の置かれていた環境や生きてきた人生は思い出せるのに、苗字や大切な人達の顔は何故か思い出せない、所謂転生者だ。
フェリーとして生まれて18年間の記憶もきちんとあり、自分がフェリーだという自覚もあるのだが、前世はサクラだった記憶も有している。
思い出したのはあの絶叫の直前。
婚約者の事を思いながら「ミューゼ様」と呟いた自分のその声に何故か記憶が揺すぶられ、水風船が弾けるが如く前世の記憶が溢れ出した。
こことは異なる別世界で生きてきた『サクラ』としての人生云々よりも衝撃だったのは、この世界がサクラとしての人生を歩んでいた中でやっていた乙女ゲームの世界だと思い出した事だった。
『TRUE LOVER~麗しの乙女と5人の騎士』
孤児の平民だったヒロインが優しい子爵夫妻の養女として迎え入れられ、中途入学した学園で攻略対象者5人と織り成す半年間の恋愛ゲーム。
攻略対象者の5人は王太子殿下、殿下の側近(将来の宰相)、氷の貴公子(公爵令息)、殿下の盾(将来の王宮騎士団長)、ヒロインの幼馴染(闇堕ちすると後の裏社会のボス)。
誰のルートを選ぶかで悪役は変わってしまうのだが、私は氷の貴公子ルートの悪役令嬢フェリーである。
前世の私はガッツリ氷の貴公子推しで、他の攻略対象者には目も向けずに彼だけを攻略していた。
氷の貴公子こと現在私の婚約者である公爵家嫡男、ミューゼ・ランベスト。
氷の貴公子と呼ばれるだけあって、公爵家嫡男として厳しすぎる教育をされてきた中で表情を作れなくなり、心も凍らせてしまったミューゼの心を温め、表情を取り戻し、溺愛されるヒロインを自分に置き換えて悶絶した回数数知れず。
もうミューゼなしの人生なんて考えられない!と恥ずかしげもなく堂々と豪語する程にドハマリしていたのに...。
何故私は悪役令嬢なのー!!!
しかもこのタイミングで思い出す?!
このタイミング...。
ヒロインが中途入学をして来るのは多分明日。
何故多分かと言うとゲーム内には明確な日付が書いてなく、ざっくりとしたヒロイン視点の描写しかなかったから絶対とは言いきれないからなのだが、ゲームのオープニングで主人公が「昨日の流星群は素敵だった」と呟いているシーンがあったから、多分明日。
今夜がその流星群が流れる日なのだ。
という事で明日ヒロインが学園に現れる。
現れる前に思い出したから良かったじゃん!とお思いでしょうが違うのよ!もう最悪なの!
これを最悪と言わずして何と言おうか?!
だってね、私のお腹にミューゼ様の子供がいるんですよ!
分かったのは絶叫する1時間前。
数日前から胃の調子が悪く、お母様に「お医者様に診てもらいましょう」と言われて診察を受け発覚。
お父様はカンカン、お母様は「まぁ!」と言いつつ何故かニコニコ、お兄様と弟は「あー...」と遠い目。
「ランベスト家に連絡する!」と鬼の形相のお父様に待ったをかけ、今夜一緒に流星群を見る約束をしているからその時に自分の口から言いたいと懇願し、自室に戻ったのだが、その自室で前世を思い出したのだ。
ね?最悪のタイミングでしょ?
まだ誰ルートにヒロインが進むのかは分からないけど、ゲームのラストの見せ場でもある殿下達の卒業パーティでの断罪で攻略対象者の婚約者達はヒロインを虐めたからとの理由で全員捨てられてしまうという全く喜ばしくない展開を知っているので私の未来は捨てられ一択。
なのにお腹に子供!
この世界で結婚前に子供が出来るのは恥ずかしい事であり、はしたない女のレッテルを貼られてしまうし、そこに婚約破棄まで加わるともう貰い手なんて現れるはずがない。
ね?私の人生終わったでしょ?
せめて、あんな事がある前に分かっていたら...。