迷子の迷子のコネコちゃん
ハードボイルドにしたかったのだが。
迷子の迷子のコネコちゃん。
あなたのおうちはどこですか。
「何があったんだ、ネコ」
茶色の犬ミミ犬シッポの、お巡りさんが聞いた。
「うん、ちょっと待って」
パシュン
手首のブレスレットツールに触れた。
可動素材の、簡易宇宙服が解除される。
中から、黒ネコミミに黒ネコシッポの、なじみの女性が現れた。かれこれ五年の付き合いがある。
布地の少ないワンピース。肩は大きく露出している。背中は尻尾の根元まで大きく開いていた。
ワンピースの色は赤。ぬけるような白い肌だ。
交番のパイプ椅子に座らせた。
「詳しく教えてくれ」
「うん、キバちゃん。 いつものように、”客”を取ったのね」
「出張サービスで客の宇宙船に行ったの。 身なりは良かったよ」
「うん」
キバだ。ネコが少しうつむいた。
「そしたらね、客がいきなり縄で縛ろうとして、さらにスタンガンを出してきたんだ」
大慌てで簡易宇宙服を着て、客の宇宙船の外に飛び出す。
110番通報して今に至る。
「……怖かったよ……」
安心したのだろう。ネコは肩を震わせて泣き始めた。
「ネコ……」
キバは、ネコが泣き止むまで背中を優しく撫で続けた。
「ありがとうね、キバちゃん」
どうやら落ち着いたようだ。ネコが身じろぎすると、スカートがめくれ、白いシルクのショーツがちらりと見えた。
バッ
キバが大慌てで顔を上に向ける。こころなしか顔が赤い。
「ふふふ、キバちゃんにならタダで見せてあげてもいいよ」
猫系獣人特有のしなやかな肢体、豊かな胸を両腕で上に上げた。
ネコミミがピコピコと動く。
「いっ、いやっ」
キバが、首が捻じ曲がるくらいにそっぽを向く。イヌミミはぺたりと伏せ、シッポは完全に丸まっていた。
「それとも……コールガールの裸なんて見たくない……?」
寂しそうな声だ。
「そ、そんなことはないっ、ネコは……キレイだ……」
ネコは一瞬驚いた顔をして、
「ありがと」
幸せそうに笑った。
◆
「客はね、”中央の貴族”って言ってたよ」
客の特徴を聞かれてネコが答えた。
「もうお前に利用価値はない、リリスに横領のことは伝えた」
キバの元親友ギルの顔が浮かぶ。
彼は中央の貴族だった。
「あなたが横領をするなんて見損なったわ、もう顔を見せないでっ」
キバの元恋人リリスが、元親友の胸で泣いた。
キバの昔の光景だ。
キバは昔、警察の官僚候補だった。
「横領なんてしていない」
無実を主張しても、誰にも相手にされなかった。
貴族であるギルにはめられたのだ。
今は、辺境に左遷されて巡査をしている。
「キバちゃん……?」
キバが、ネコの心配そうな声で我に返る。
「す、すまん」
「そうだな、とりあえず、その客のこと調べておくよ」
「うん」
「送ってくよ。(娼館の)おかみさんにも色々聞きたいしな」
「ありがとう」
キバは、”パトカー兼派出所の、交番型宇宙船”を娼館のある宇宙ステーションに移動させた。
「最近だよ」
娼館のおかみさんが重い声を出した。娼館の娼婦に何人か、男の被害が出ているようだ。
「届け出は?」
キバが聞く。
「出したよ」
ハアッ、おかみさんが重いため息をついた。
「キバちゃんに言うのもなんだけど、中央の貴族なんだって」
警察がまともに相手してくれなかった。
くっ。
キバが悔しそうな顔をする。
「その男から連絡があったら、自分に直接教えてくれ」
「いいけど、無茶したら駄目だからね」
ネコが心配そうにキバに言った。
しばらくしたある日、キバに娼館から”ネコが男を客に取った”と連絡が入った。
◆
「見つけた、あの宇宙船か」
交番型宇宙船を、男の宇宙船に急行させる。
男の宇宙船に無線を繋ぐ。
「警察です。 少し話を聞かせていただいてもいいですか」
「……何のようだ、今取り込み中だ……」
不機嫌な男の声が聞こえた。
「たすっ、助けてえっ」
背後からネコの声が聞こえた。
ちっ
男が舌打ちをする。
バチバチイ
スタンガンだ。
ブツンッ
一方的に無線が切られた。
「やばいっ、いそげっ」
キバが、交番を男の宇宙船に強行接舷。相手のコンピューターの一部を乗っ取り扉を開かせる。
キバが宇宙船の通路を走った。
男の部屋に着いた。
男がネコに馬乗りになり、首を絞めている所だった。
ネコはぐったりして意識がないようだ。
「ネコッ、くそうっ」
「そこまでだ、婦女暴行の現行犯で逮捕する」
拳銃を取り出して、キバが叫んだ。
「邪魔をするな、俺は中央の貴族だぞ」
「なっ、お前はギルッ」
はめられた元親友だ。
「どうしてここにっ」
キバが驚いた声を出す、
「お前だっ、全てお前のせいだっ、何をしてもお前に追いつけないっ」
「リリスが先に好きになったのもお前だっ、俺より先に出世しようとしたのもっ」
「リリスが俺を疑いだしたっ、まだお前に気があるんだっ」
「お前の恋人をっ」
「お前の全てを壊しに来たんだっ」
ギルが、スタンガンを手に襲いかかってきた。
「止まれっ」
パン、パンッ
キバは二発、電磁スタン弾を撃った。
「くっ、くそおお」
ギルは、スタン弾の電撃を浴び気絶した。
「ネコ、ネコッ」
大声で呼びながら、キバがネコを抱き締めた。
◆
”連続婦女暴行殺人犯、辺境で逮捕される”
新聞の一面である。
普段着の白いワンピース姿のネコが、派出所で新聞の一面を広げた。
首に包帯を巻いている。絞められた跡が残っているようだ。
幸い他にけがはない。
中央で婦女暴行を繰り返してきたギルは、やりすぎて女性を殺してしまい辺境に逃げてきたらしい。
「俺は、俺は関係ないっ」
ワイドショーに映ったギルだ。
横領を元同僚に擦り付けていたことも発覚する。
この事件でギルは、妻リリスと離婚したそうだ。
「どうして、あの男にもう一度会ったんだ」
キバがネコに聞いた。
かなり怒っている。
「あ、あなたの役に立ちたかったの」
ネコが下を向いた。
「他の子にさせられないでしょ」
「それにあなたが、必ず助けてくれると思ったから」
「もう……二度と……こういうことは止めてくれ」
キバが絞り出すように言った。心配で死にそうになった。
「ごめんね」
ネコが小さくあやまった。
「……そうだ、おかみさんからのお礼の品」
ネコは手ぶらだ。
キバの正面に立つ。
「?」
「もらってね」
チュッ
ネコがキバに軽くキスをした後、正面から抱きついた。
「なっ、なななな」
キバが真っ赤になる。
キバのお嫁さんになってあげてもいいよ
ネコが耳元で小さくつぶやく。
……はい、なってください
キバが少し困惑した後、はっきりと答えた。
キバの答えに、ネコはうれしくて泣きはじめる。
「ネコは自分の腕の中で泣いてばかりだ」
キバはネコが泣き止むまで優しく抱き締め続けた。
おかみさんが、ネコの娼館の借金は全てチャラにしてくれた。