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老婆心

 扉が開いて、ザインが部屋に入って来た。分厚い資料を抱えている。


「また徹夜したのか?」

 ザインの目が赤い。元々広かった額が、更に広がっている。


 サフィラスは各地にある展覧会のシステムを、貴族に管理させることにした。

 税収以外の収入を得た貴族たちは、没落するのを免れた。


 収入の一部を王家に納めることで、国庫も潤った。王族と貴族の軋轢も減った。

 莫大な財を成していた商人は、ノウハウを無償で国に授けることで、地位を向上させた。


 サフィラスの行った改革は、国の仕組みを根底から変えるものになった。

 金や権力に物を言わせた強引な改革とは違い、貴族にも国民にも歓迎された。


 サフィラスの作ったシステムは完璧だった。

 今では、座っているだけで国庫は潤う。

 開発に口を挟むことも、交渉をすることもない。


 日がな一日何もせず、廃人のように生きた。



「今日中に見ておきたい資料があったのさ」

 ザインが大量の資料を机に置く。

「よく働くね」

 サフィラスは笑った。乾いた笑みだった。


「誰かが働かないからだ」

 かけていたメガネをとり、目頭を揉む。

 いつからメガネをかけるようになったのだろう。額が薄くなった分、少し太ったようだ。


「フォテューム沿いの国境付近で、紛争が起きたぞ。また流通が止まるな」

「そうか」

「フォテュームの観光客が減るな。酷い損害だ」


 サフィラスは、喉の奥でくっくと笑った。

「商人のようなことを言うようになったな」

「しかし実際問題、あの辺りの国境問題は深刻だぞ。何度出兵しても問題は片付かない。税金の無駄使いだ」


 ザインはサフィラスを見た。

 サフィラスはつまらなさそうに、耳のピアスを触った。

 ずっと同じピアスをつけている。小さな青い石のついたピアスだ。


「いくら儲けても、ああ湯水のように国費を使われては意味がない。貴族だけではない。民も、商人も、不満を抱えている」


 ザインはサフィラスに詰め寄った。

「何かいい案はないか?」

 サフィラスはうるさそうに目を閉じた。


「そんなことを聞きに、わざわざ私の部屋まで来たのか?」

「ああ、そうだ。お前の意見が聞きたい」

「少しは自分の頭を使え」

「使っているさ。ほら、この通り」


 ザインは自分の額を叩いた。

「このままじゃ残り少ないこいつらまで、1本残らず抜けてしまう。なぁ、頼むよ」


 サフィラスはため息をついた。

「国境沿いに防壁を作れば良い。互いの領土に壁を築き、中間は緩衝地域にする。曖昧な国境に、無理矢理線を引こうとするから争いになるのだ」


 ザインは目を輝かせた。

「そうか! その手があったか。さっそく議会で提案するよ」


 ザインは何かに煮詰まるたび、サフィラスの元を訪れた。静かに暮らしたいサフィラスは、それを疎ましく思っていた。


(ようやく静かになった……)

 サフィラスは目を開けた。すると、ザインがまだ横に立っている。


「なんだ?」

 ザインは思いつめたような顔をしていた。

「まだ引きずっているのか?」

「ん?」

「その服だよ。あの日から、お前はその色の服しか着ないじゃないか」


 カルディア王国では、赤は慶事、青は弔事に使われる。

 アグノティタの葬儀から、サフィラスは紺青の服を脱ぐことが出来なくなっている。



「もういいだろう。嫁でももらって、癒してもらえよ」

 ザインの言葉に、サフィラスは笑った。

「それだけはないよ」


 クルクマとの婚約は破談になった。

 その後も降るように縁談が持ち込まれたが、サフィラスは全て断った。


 これから先、誰かを愛することはないだろう。

 アグノティタ以外の人間を愛するなど、サフィラスには不可能なのだ。


「私はいいのさ。このままで」

「だがしかし。このままでは、この国は潰れるぞ」

 ザインはサフィラスに詰め寄った。


「貴族の中では、サフィラス。お前に王位を継いでもらいたいという声が上がっている」

「兄上は健在だよ。私の出る幕などない」


 王位を継いだイーオンは、王の仕事をしなかった。

 その代わりに台頭したのが、ゼノだ。

 イーオンの妻ウビビスの父であり、王家の分家頭であり、貴族の筆頭議員でもある。


 ゼノは我が物顔で国を支配した。

 しかしゼノの国政は、国民に受け入れられなかった。


 長く続く紛争。上がる税金。災害に対する復旧の遅れ。飢饉時の無対応。


 国民は疲弊していた。


しかし貧しさに喘ぐ国民をよそに、イーオンは享楽に耽っていた。

 酒や女に溺れた。

 毎日毎日、豪勢な宴会が開かれた。

 イーオンの目的は、王になることだった。

 王になった後、したいことはなかった。



 新たな王を求める声が上がった。

「国の収入を増やしたのは、お前の改革だ。貴族とは名ばかりで、飲まず食わずの日々が続いた我々に、仕事を与えたのはお前だ。商人の地位を向上させ、庶民と商人の軋轢を無くしたのはお前だ」

 ザインがサフィラスに詰め寄る。


「サフィラス。お前は、必ず賢王になれる。カルディア王朝に必要なのは、イーオン王ではない。もちろんゼノでもだ。必要なのは、サフィラス王だ」


 サフィラスは詰め寄るザインから目を逸らした。

「私は王にならないよ」

「何故だ! お前に王になって欲しいと思っているのは、貴族だけではない。商人もだ。お前にその気があるのなら、我々は協力を惜しまない」


 サフィラスは、アグノティタのいなくなった世界になど、興味なかった。

 アグノティタは国を守る為に死んだ。

 国を繋げる為に死んだ。

 サフィラスは、アグノティタを殺した国を憎んでいる。


「滅びるなら、滅びるがいいさ」


 ザインは悲しい顔をした。

「お前は一体何に囚われているのだ。昔のお前はそうでなかった。展覧会を開くと息巻いていた時の自分を思い出せ。あの時のお前は、もっと輝いていたぞ」


 サフィラスは力なく笑った。

 あの頃のサフィラスは、自分に力があると信じていた。

 未来は輝いていると思っていた。


 だが、実際はどうだ。

 サフィラスはアグノティタを失った。

 それは世界の全てを失ったのと同じだ。


 アグノティタが死んだ時に、サフィラスも一緒に死んでしまったのだろう。

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