オムニア
寝台に横たわり、オムニアは深いため息をついた。
オムニアは、悩んでいた。
果たして、このままイーオンを王にしてよいものか──
イーオンは紅い瞳をしていない。
しかし孫のアウラには受け継がれた。アウラの成長に問題がなければ、自分の血はこれから先、歴代の王に受け継がれるだろう。
イーオンが王家の血を引いていなくても、王になるのに問題はないかもしれない。
しかし、サフィラスの成長を見るにつけ、オムニアの悩みは深まった。
王家はこのままでいいのだろうか。
近親婚と貧血で、王家の人間は弱体化し、子は産まれにくくなっている。
サフィラスなら。サフィラスが王になれば、この問題を解決してくれるかもしれない。
しかしイーオンの立場は自分と重なった。
幼い頃は自分が王になると信じていた。それが当たり前だと教えられていた。
それなのに突然、自分以外の王になる存在が生まれた。
自分の足場は脆く崩れ、不安と恐怖が訪れた。
何をしても比べられた。まだ成長もしていない未来の弟の影に怯え、オムニアは苦しんだ。
だからイーオンを殺そうと決意した時、どうしても手が下せなかった。
イーオンを王にするか。サフィラスを王にするか。
オムニアには決められなかった。
サフィラスが成人した日、その迷いが口に出た。その時のイーオンの顔は凄まじかった。
翌日、寝室を訪れたイーオンを見てオムニアは悟った。
「父上、喉が渇きませんか」
イーオンは手にカップを持っていた。
その姿は、体調の悪い父を気遣い、見舞いに訪れたようにしか見えない。
「ああ」
オムニアはカップを受け取った。カップの中には紅茶が入っている。
「今日はとても冷えますね。温まりますよ。少しブランデーを落としてありますから」
イーオンは笑った。その笑顔は一見爽やかに見えた。
息子は、いつからこの仮面を付けていたのだろう。オムニアにはわからなかった。
「さあ、どうぞ」
イーオンが手を添え、カップを口に近づける。
オムニアはカップを見つめ、ポツリと言った。
「サフィラスは、良い子に育った」
イーオンの手が止まる。
「あれは歴代の王と違う。この国を変えてくれるだろう」
オムニアは、はっきりと言った。
「サフィラスに、王位を譲る」
イーオンの手が震える。
「良いのですか? 私は言いますよ。あなたのしたことを」
「お前の瞳を誤魔化したことか。それとも、お前を殺そうとしたことか」
オムニアは頭を振った。
「仕方あるまい。自分のした事だ」
「何故です。何故突然そんな!」
オムニアは真っ直ぐイーオンを見つめた。
「親を殺す時に、笑顔を浮かべる人間を王には出来ない」
イーオンは目を見開いた。
オムニアの頭を持ち、無理やり口の中に紅茶を流し込む。
「がっ! はっ!」
オムニアはすぐに動かなくなった。