昔話
王族は15歳になり成人を迎えると、すぐに結婚する。
ルヅラに変わる血を持つ子どもを、ひとりでも多く増やすためだ。
しかしアグノティタたちの父、オムニアには、なかなか子どもが産まれなかった。
何人もの妾を作ったが、ようやく第1子が生まれたのは、初老に差し掛かってからだった。
「私の瞳を見た時、父上はさぞ落ち込んだろうね。やっと産まれたと思ったら、その子は王になる資格を持っていなかったのだから」
イーオンは笑っていた。しかしすぐに気が付いて、しかめ面に戻る。
「次にいつ産まれるかわからない。産まれたとしても、また瞳が紅くなかったら? その時は、跡を継ぐのはネブラになってしまう」
オムニアが王座につく時、壮絶な跡目争いがあったらしい。
なんとかその争いに勝ち王の座についたのに、紅い瞳の子が生まれない限り、オムニアの跡を継ぐのは弟のネブラだ。
「父上は、それだけは絶対に嫌だったのさ」
イーオンは笑った。いつもの爽やかな笑みではなく、皮肉気に、鼻の頭に皺を寄せて笑っている。
「なのに産まれた子は王家の血を引いていない。絶望した父上は、産まれたばかりの赤子にカラーコンタクトレンズをつけさせた。このようにね」
イーオンは瞳に手をやると、コンタクトレンズを外した。赤茶色の瞳が見える。
よく見ると、髪の根元も少し茶色い。髪も脱色しているのだろう。
「私の母は、私を産んだ時に亡くなっている。出産の影響だとされたが、本当は違う。父上に殺されたんだ。私の瞳を守るために。それなのに!」
イーオンは組んでいた足を解き、ダンっと地面に下ろした。
「次に生まれたお前を見た時、父上は本当に安堵したろうね。やっと自分の血を引く王家の者が産まれたと」
イーオンはアグノティタを見た。
もう微笑みは浮かべていない。これがイーオンの本当の姿なのだろう。
「父上は私の処遇に困った。今更、この子に王の資格はありませんなどと言えなかったのさ。私は一度、殺されかけた。お前が産まれてすぐだ。たしか、5歳の頃だ」
アグノティタを見るイーオンの瞳は、憎しみに満ちていた。
アグノティタは悲しかった。
異性として見られていないことはわかっていたが、まさか憎まれているとは思わなかった。
「だが、父上は非力な人だからね。5歳の私に勝てなかったのだよ。それからは私の言いなりさ。ふふふ。ははは!」
イーオンが高らかに笑う。
「10歳になり、採血が必要となった時、お前から抜けと言ったのは父上だよ。幼いお前がどんなに苦しんでも、あの男は少しも困らなかったのさ。大事なのは自分だけ。あの男はそういう男なんだ!」
アグノティタは腕をさすった。
度重なる採血で、アグノティタの腕は青黒い痣だらけだ。
「そしてお前と私が子をなせば、ネブラが王になる可能性は絶対になくなる。どれだけ仲が悪いか知らないが、兄弟喧嘩のとばっちりはやめてもらいたいものだ」
イーオンは笑うのをやめた。
「だが、そのおかげで私は王になれる」
「王になることが、そんなに重要ですか?」
「うるさいっ! お前に何がわかる。紅い瞳を持つお前に、私の気持ちがわかるか。産まれた時より王になれと言われてきたのに、王になる資格のない私の、一体何がわかるという!」
イーオンは激高し、立ち上がった。
「お前もサフィラスも、私が王になる為の道具に過ぎぬ。父上もだ!」
「やっぱり……。あなた、お父様を……」
アグノティタは勘違いであって欲しいと願った。
しかしイーオンは、ぞっとするような笑みを浮かべた。
「要らぬことを言うからだ」