免除
扉が開き、イーオンが入ってくる。
アグノティタは虚な目で、それを見ていた。
「変わりないかい?」
イーオンは、手に食事を持っていた。
「ふたり分だ。たくさん食べないとね」
アグノティタは新たな命を宿した。
妊娠の影響で、アグノティタの貧血は悪化した。自分の意思で、身体を動かすことも出来ない。
しかし採血が免除されることはなかった。
アグノティタの分は免除されている。必要なのは、イーオンの分だ。
以前アウラを妊娠していた時、採血が免除されたのは、イーオンが遠征で王都にいなかったからだ。
遠征先では採血が免除される。
その為アグノティタから採血する必要がなかったのだろう。
しかし今回は違う。
王都にいるイーオンの分の血液を、アグノティタは毎朝採取されていた。
「あの子に会わせて」
空気に押しつぶされそうになりながら、アグノティタはなんとか細い声を出した。
アウラが産まれてから、こんなに長く離れたことはない。
可愛い我が子と引き離され、アグノティタは発狂しそうだった。
アウラが自分を求めて泣いている。そう思うだけで身が千切れるように痛い。
「お願い。あなたの瞳のことは、誰にも言わないから。アウラに会わせて……」
イーオンがスープの入ったスプーンを近づける。
「ほら、しっかり食べないと。出されたものを全部食べるのは、王族の大切な仕事のうちだよ」
イーオンは爽やかに笑った。どんな時でも変わることのない笑顔に、アグノティタはぞっとした。
「そこまでして王でありたいの?」
アグノティタの言葉に、イーオンの笑顔が固まる。
持ち上げていた手を下ろす。そして、するりと自分の頬をなでた。
「そうか。もう笑う必要はないのだった。長年の癖というものは、なかなか抜けないものだな」
アグノティタは、イーオンが何を言っているのかわからなかった。
イーオンは、足を組み座り直した。
その姿は堂々としていた。
大きな身体を椅子に預け、頬杖をつく。
長い手足。高い身長。そのどれもが、王族たちの特徴と正反対だ。
「少し、昔話をしようか」
イーオンは微笑んだ。それから思い出したかのように、しかめ面になった。