幼き日
アグノティタが目を覚ますと、ベッドにイーオンが座っていた。
「兄様!」
「おはよう、アグノティタ」
アグノティタは飛び起きた。アグノティタの寝起きは悪い。目が覚めてからも、いつまでもぐずぐずとベッドに引きこもっている。
しかし、大好きなイーオンが来てくれたとあっては別だ。
イーオンはアグノティタの兄であり、また、婚約者でもある。
幼いアグノティタに婚約者が何かはよくわからなかったが、とにかく『大切な人』だということはわかっている。
イーオンはいつも忙しい。
王になる為、日々勉強や武術の訓練をしているからだ。イーオンが朝からアグノティタに会いにくるなんて、今までなかった。
「どうされたのです?」
昨夜はイーオンの10歳の誕生日だった。
遅くまでパーティーが開かれていたので、まだ眠かった。
「今日は、大事な話をしにきたんだ」
イーオンは優しくアグノティタの頭をなでた。その気持ち良さに、アグノティタは目を閉じた。
「アグノティタはもう、5歳になったね」
「はい」
「5歳になると、王族にはしなくてはならない仕事がある」
「仕事ですか?」
「そう、王族にしか出来ない崇高な仕事さ」
そこでアグノティタは目を開けた。
「アグノティタが5歳になったのは、だいぶ前ですよ?」
「そうだね。だからもう、その仕事をしなくてはならない。その仕事は、王族の義務なのさ」
「義務?」
「絶対にやらなくてはならないという意味さ」
アグノティタが小首をかしげる。
「皆しているのですか?」
「王家の血を引く者はね」
「ではアグノティタもいたします」
イーオンはにっこりと笑った。
「そう。お利口だね。このことは、絶対誰にも言ってはいけないよ。王族だけの秘密なんだ」
「フクスムにも?」
「勿論さ」
そうして、イーオンは採血器の使い方を教えてくれた。
「小瓶は僕が運んであげようね。自分の分を運ぶついでだから」
イーオンは、アグノティタから取った血液を持って、部屋から去った。
アグノティタが10歳になると、イーオンは小瓶を2本に増やした。
「アグノティタはもう10歳になったからね。大きくなったから、採血の量も増えるのさ」
アグノティタはイーオンの言葉を疑わなかった。
言われるがままに採血を続けた。
大好きなイーオンが、毎朝自分の部屋を訪れるようになり、嬉しかった。
採血は辛かったが、何も考えていなかった。
(あの子の言葉を、もっとちゃんと聞いておけば良かった……)
サフィラスは、採血が始まるのは10歳からだと言っていた。
イーオンがアグノティタに採血をさせ始めたのは、イーオンが10歳になった翌日からだ。
(私の血を、自分の物だと言って誤魔化していたのね……)
アグノティタが王族の中でも群を抜いて虚弱だったのは、ふたり分の血液を採取されていたからだ。