クルクマ
サフィラスはふらふらと王の寝室から出た。
どうやって戻ったのか覚えていない。気が付くと自室の前にいた。
扉を開け、部屋に入る。すると中にクルクマがいた。サフィラスがいつも座っている椅子に腰掛けている。
サフィラスはひとりにして欲しかった。
クルクマの視線を避け、襟を緩める。水差しからグラスへ水を注ぎ、一息に飲む。
クルクマが立ち上がり、サフィラスの隣に来た。寄添いしな垂れかかってくる。
「サフィラス様。誤解なさらないで下さいね」
サフィラスは一歩引いて、クルクマから距離をとった。クルクマがたたらを踏む。
サフィラスは上着を脱いだ。鏡台の椅子に座ると、クルクマがすかさず上着を受け取った。
「誤解?」
「誤解です。先ほどイーオン様のおっしゃった事は、全て戯れですから」
クルクマが上着を鏡台に置く。
(戯れで、ベッドで睦み合うのか……)
思わずサフィラスは笑った。
サフィラスの微笑みを見て、クルクマは許しを得たと思ったのか、サフィラスの上に腰掛けた。
その重さに、サフィラスは眉をひそめた。
「わたくしたち、来年には結婚するんですよ?」
クルクマがサフィラスの首に手を回す。
本来であれば、サフィラスが成人を迎えてすぐ、ふたりは結婚するはずだった。
しかし国王が崩御し、喪にふくすため、婚姻の儀は1年延期された。
サフィラスはまるで実感がわかなかった。
ベッドで睦み合うクルクマとイーオンを見て、サフィラスはようやくその理由がわかった。
「僕と? 君が?」
サフィラスは、クルクマのことを愛していない。心の底から、かけらほども、愛していない。
クルクマが誰と寝ようが、少しも興味がわかなかった。
「そうですわ。わたくしたちは、生まれた時から結ばれる運命なのです」
「君は、兄様の第3夫人になりたいんだろう?」
クルクマは少したじろいた。しかしすぐに笑みを浮かべた。
「意地悪な方。焼きもちを焼いていらっしゃるの? 女はね、大人の男に憧れる時期があるのです」
クルクマの顔が近く。
「でも、あなたも大人になりました。イーオン様にも劣らない、素晴らしい殿方になられましたわ」
クルクマの言葉は、クルクマとイーオンの関係が今に始まったものではないことを意味していた。
しかし言った当人は、全くそのことに気付いていないようだ。
ゆっくりと唇を近づけ、キスをする。
キスをしても、サフィラスには何の感動も訪れなかった。
サフィラスは、アグノティタが額にキスをした時の事を思い出した。
アグノティタの唇が触れたところは熱く燃え上がり、身体は痺れて動かなくなった。
「これからの王家の繁栄を願いましょう」
「王家の繁栄?」
「ええ。王家の血を増やし、国力を上げることは、わたくしたち王族の務めですもの」
クルクマがキスをする。先程とは違い、濃厚で、長いキスだった。サフィラスはアグノティタの言葉を思い出した。
『神聖なるカルディア王朝の血を繋げなくてはならないのです。ルヅラを持つ者を絶やしてはならない。ルヅラが絶えるということは、カルディア王朝の滅亡に繋がるのです』
サフィラスはアグノティタが妊娠したことを想った。
(姉様も、兄様としたのかな。こういうこと)
サフィラスはクルクマのキスを受け入れた。慣れた手つきでクルクマは衣服を脱いだ。
サフィラスが自ら動こうとしないので、クルクマはサフィラスのボタンを外した。
絹のシャツがはらりと床に落ちる。クルクマが耳元に顔を寄せ囁いた。
「あちらに行きましょう」
クルクマに手を引かれ、ベッドに移動する。クルクマは仰向けに横たわり、サフィラスの手を引き寄せた。
露わになった胸元に顔を埋める。クルクマの手がサフィラスの背中をなで回す。
しかしサフィラスの身体は、少しも熱くならなかった。
「緊張してますの? 可愛い」
そう言ったクルクマの顔には、嘲笑が浮かんでいた。
「わたくしが教えて差し上げますわ」
上下が入れ替わり、クルクマが熱いキスをする。
身体中を愛撫されても、サフィラスの身体は一向に反応しなかった。
「君は、誰に教えてもらったの?」
「まぁ。そのようなこと、ここで言うことではありません」
「どうして?」
クルクマはとても嫌そうな顔をした。
「ベッドでそのような話をするのはマナー違反です」
「マナー?」
「そう。大人のマナーです」
「愛にマナーがあるのかい?」
途端にクルクマが笑った。
「王家に愛があるとでも思っているのですか?」
醜く歪んだ笑みだった。
「子をなすのに、愛など必要ないのです。あなたも知っているでしょう?」
クルクマはサフィラスが娼館に足繁く通っていることを知っていた。
「愛が無ければ子をなせないのであれば、王家は滅びてしまいます。あなたは王家の責任を放棄なさるのかしら?」
クルクマがサフィラスの唇を吸う。
「あなたは、私と子をなさねばならないのです。それとも、身体に不具合でもあるのかしら?」
その嘲りにサフィラスはかっとなった。肩を引き寄せ、ベッドに押し倒す。
上下がまた入れ替わり、サフィラスはクルクマの身体にむしゃぶりついた。
「ちょっと!」
サフィラスの乱暴な行為に、クルクマは抗議の声を上げた。しかしサフィラスは聞き入れなかった。強引に下着を剥ぎ取る。
クルクマの身体を求めれば求めるほど、サフィラスの身体は冷えていった。
サフィラスの視界はぐにゃぐにゃと歪み、次第に誰を抱いているのかわからなくなる。
「姉様……」
パンっという音がして、サフィラスは我に返った。
「一体誰を抱いているおつもり」
クルクマは屈辱で、顔を真っ赤に染めていた。自分が抱いているのがクルクマだと認識した瞬間、サフィラスはとてつもない吐き気に襲われた。
身体を離し、ベッドから降りようとする。
しかし間に合わず、サフィラスはベッドの上に嘔吐した。
「きゃあっ! 汚いっ!」
クルクマがさっと離れる。
「なんなのよっ。あなただって、娼館に通っているのでしょう。何人もの娼婦と寝たのでしょう⁉︎」
サフィラスは止まらない吐き気に、涙を滲ませた。
「私が娼婦に劣るとでも言いたいの⁉︎ バカにしないで!」
クルクマが枕を投げつける。
サフィラスは避けなかった。その代わり、素早く衣類を身につけると、部屋から飛び出した。
「この能無し!」
クルクマの口汚く罵る声が聞こえた。