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寝室の客

 閣議室の前に、衛兵がふたり立っていた。片手を上げ声をかける。


「兄様はいる?」

 衛兵は何故か戸惑った。

「はい。あ、いえ。いいえ」

「ん? どっちだい?」

「あの。いらっしゃるのですが、来客中でして」

「そう」

「あっ! サフィラス様!」

 サフィラスは構わず扉を開けた。閣議室の中には誰もいなかった。


「執務室かな?」

 衛兵を無視して奥へ進む。

 衛兵たちにサフィラスを止める権限は無い。扉の前に佇み、互いを肘で突きあっている。


 執務室の扉を開けるが誰もいない。これより奥は控えの間があり、寝室があるだけだ。


(寝室に来客?)

 サフィラスは疑問に思いながらも進んだ。

 最近のイーオンには、おかしなところがある。


 以前のイーオンを思い浮かべて出てくる言葉は、『明朗快活』『質実剛健』

 ほがらかで、親しみやすく、誰とでも打ち解ける。

 細かいことは気にせず、真面目で、頼りがいがある。

 まさに王に相応しい人物だった。


 だが、このとこのイーオンは少し違う。


 まず、期待されていた王の仕事だが、イーオンはこれをほとんどしなかった。

 他の王族やサフィラス、貴族たちに丸投げし、自身が働くことはない。


 また誰にでも愛想が良かったはずなのに、むっすりとして、あまり話さなくなった。


 始めは父を亡くしたショックからかと思っていた周囲の者も、王の責務を果たさないイーオンに困り始めた。


(兄様は、一体何を考えているんだ)


 控えの間を開け、寝室へと進む。扉を開けると、ベッドの上でイーオンと女が絡んでいた。


 サフィラスはその女を見て、呆然とした。


「クルクマ……」

 横たわるイーオンの上に乗っていたのは、婚約者のクルクマだった。

 クルクマは慌てて衣服の乱れをなおした。


「ノックくらい、したらどうだね」

 イーオンは慌てることもしなかった。


「何をしているの?」

 サフィラスはクルクマに聞いた。するとイーオンが口を開く。


「クルクマはね、うだつの上がらない弟より、王の妾になりたいそうだ」

 イーオンは、爽やかな笑顔を浮かべていた。それだけ見ると、父が死ぬ前のイーオンに戻ったようだ。

 サフィラスはクルクマを見た。クルクマは目をそらした。


「そうですか」

 サフィラスは、自分がそれほどショックを受けていないことに気付いた。

 驚きはしたが、悲しくはなかった。


「違うのです。これはその──」

 クルクマが言い繕う。

「何が違うのだ?」

 イーオンはクルクマを引き寄せた。口付けると、クルクマは抵抗しなかった。


「サフィラスは私に話があるようだ。部屋に戻りなさい」

 唇を離し、イーオンはクルクマを押しやった。

 クルクマはもじもじと身体をくねらせていたが、やがて名残惜しそうに部屋から出て行った。


「さて、何の用だ?」

 イーオンがサフィラスを見る。嘲るような表情だ。サフィラスは臆せず言った。


「姉様のことです」

「アグノティタがどうした」

「離宮に移ったと聞いて」

「今頃?」


 クルクマを奪われても、何の感情も動かなかった。

 しかし、アグノティタが黙って離宮に行ったことは、サフィラスの胸をかきむしった。


「それで?」

「どうされているかと思いました」

「養生しているよ」

「面会に行ってもよろしいですか?」

「まだそのような状態にない」

「そんなにお悪いのですか?」

「芳しくないね」

「では尚更」


 イーオンはふっと笑った。

「今まで放っておいて、会ってどうするつもりだ?」

「どうするって。心配しているのです」

「心配なら無用だよ。夫である私が、毎日手厚い看護をしている。離宮まで足を運び、毎日慈しんでいる」

「でも、お悪いのでしょう」

「確かに。でも心配することは無い」

「何故ですか。私は弟です。心配する権利くらいあるはずです」


 イーオンは困ったような顔をした。

「それならば言うがね。アグノティタの体調不良は、病気ではないのだよ」

「病気ではない?」

「ああ。大事をとって、ぎりぎりまで公表は避けるが、君は弟だ。知る権利くらいある」


「何なのですか」

「アグノティタはね、妊娠しているのだよ」

「妊娠⁉︎」

 サフィラスの身体に激流が走る。

「だから、今はそっとしておくのが一番なのだ。わかるだろう?」


 イーオンがベッドから降りる。一糸纏わぬ姿でサフィラスに近づく。

 イーオンはサフィラスの肩に手を置いた。


「邪魔をしないでおくれ」

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