満ち足りた時間
(ルウチの顔でも見に行こうかな)
サフィラスはふとそう思った。
頭痛がする。最近よく眠れないのだ。
アグノティタが好きなのに、ルウチを抱いてしまったこと。
そのせいで、アグノティタに会わせる顔がなくなったこと。
それなのに、アグノティタに会いたくて会いたくてたまらないこと。
そのみっつが、堂々巡りのように頭を駆け巡り、ベッドに入っても少しも眠れない。
(よし。そうしよう)
決めると行動は早かった。
手にした書類を片付け、車の手配をする。外出はもう手慣れたものだ。
店を訪れると、すぐにいつもの個室に通された。
サフィラスは迷いなく、奥の部屋に進んだ。この部屋に、何があるかはもう知っている。
ベッドに横たわり、襟を緩めていると、ルウチが現れた。
ルウチがサフィラスの隣に腰掛ける。すかさずサフィラスは、ルウチの膝に頭を乗せた。
「まぁ」
ルウチは笑ったが、優しくサフィラスの頭をなでた。
サフィラスはこうされるのが大好きだ。
目をつぶると、ルウチが歌いだした。
ルウチの歌声は、低く優しく、いつまでも聞いていたい気持ちになる。この歌声を聞く為に、この店に来ているようなものだ。
サフィラスは夜眠れなくなってから、ルウチの歌声を聞くために、しばしば店を訪れた。
初めは義務感からだった。
しかし眠れない元凶を作ったルウチの隣にいると、不思議なほどぐっすり眠れた。
(きっとこの声のせいだ……)
ルウチの声は低く優しい響きに満ちていた。
ルウチは優しく出迎え、何も言わずにサフィラスを癒してくれた。
今では仕事でしていることだと理解したので、あの日の出来事を詫びる必要はないと知った。
それでもルウチの元を訪れるのをやめられなかった。
ルウチの歌が終わる。
サフィラスを見ると、安らいだ顔をして眠っていた。
ぐっと重くなった頭を持ち上げ、枕に移す。
サフィラスは起きることなく寝息を立てている。
ルウチは微笑みサフィラスの前髪をなでた。長い睫毛が少し動く。
相変わらず、作り物のように美しい顔だった。
ルウチは幸せな気持ちで、サフィラスの髪をなで続けた。
永遠にこの時が続けばいい。そう思った。
しかしサフィラスは1、2時間で目を覚ました。
スッキリした顔で、サフィラスは伸びをした。
「ねぇ、僕たちはとても似ていると思わない?」
「え?」
サフィラスの美しい顔に見惚れていたルウチは聞き返した。
「だって、君といると、こんなにも落ち着くもの。きっと前世で兄妹か何かだったんだ。そうじゃないと説明がつかないよ」
ルウチは苦笑した。恋人だと思わない所が、自分をどう思っているかに反映されている。
「兄妹は嫌ね」
「どうして?」
「だって、こういうこと出来ないじゃない」
ルウチは顔を近づけ、サフィラスにキスをした。
「兄妹だとダメなの?」
「子どもが出来たら困るでしょ」
「どうして?」
「どうしてって……」
ルウチは王族が近親婚を繰り返していることを知らなかった。
「近親者同士で子どもを作ると、遺伝子的に弱い子どもが産まれるでしょう。成長に差し障りがあったり、時には障害を引き起こすこともあると聞くわ」
「え⁉︎ そうなの⁉︎」
「もちろん、必ずという訳ではないわよ。その可能性が高くなるというだけで」
「そうなんだ……」
サフィラスは神妙な顔をした。しかし浮かれていたルウチは気付かなかった。
サフィラスが去ると、また辛い仕事が始まる。唯一の幸福な時間を堪能する為、ルウチは再びキスをした。