商人
紅葉が舞う中、オムニアの葬儀は始まった。王に相応しい荘厳な式だった。
イーオンが弔辞を読む。高潔と堅実がテーマの弔辞に、人々は涙した。
弟のネブラは棺にしがみつき、大泣きした。
ネブラとオムニアは、それほど仲が良く見えなかったので、人々は驚いた。
しかしその余りの悲しみ方に、同情しない者はいなかった。
サフィラスは、アグノティタを探した。
会わせる顔はなかったが、顔が見えなければ見えないで気になる。
アウラの側に控えるフクスムの姿を見つける。
「姉様はどこにいるの?」
「それが、王が亡くなられたショックで倒れられたそうです」
「そう……」
すぐにでも飛んで行って、アグノティタを見舞いたかった。
しかしアグノティタに会って、どんな顔をすればいいのかわからない。
サフィラスはもう、以前のサフィラスではないのだ。
アグノティタを愛しているのに、ルウチと関係を結んでしまった。
(僕は姉様を、裏切ったんだ……)
サフィラスがアグノティタの見舞いに行くことはなかった。
それからサフィラスは、さらに仕事に打ち込んだ。
商人と同じだと蔑まれても構わない。
(アウラの採血が始まる前に、採血に頼る国政はやめさせるのだ)
それはアグノティタの願いでもあった。きっとアグノティタは喜んでくれる。
アグノティタに会わす顔のないサフィラスは、せめてアグノティタの喜ぶことをしようと思った。
アグノティタに会いたい。その気持ちをぶつけるように、仕事に打ち込んだ。
展覧会に限らず、多くの事業を手掛けた。時には法を変え、商人と渡り合った。
商人たちは始め、サフィラスのことを馬鹿にしていた。
王家のお坊っちゃまが、おままごとの延長を始めた。そう思っていた。
しかし、展覧会が成功し、商品部門を独立させ、さらにアパレル部門や食品部門などと細分化し、それが大きく発展していくと狼狽えた。
自分たちの庭を荒らすのが小鳥ではなく、大型の獣だとようやく気付いたのだ。
そこで商人たちは、サフィラスを取り込む作戦にでた。
「それで、結局は何が言いたいの?」
サフィラスは商人をみた。肥え太った商人は汗をかいていた。
「ですから、我が社に経営を委任して頂ければ、今後更なる発展に貢献でき──」
「だからさ。委任する旨味は何なのさ」
サフィラスは眺めていた書類を、商人に向かって投げ出した。
「このプランじゃ、君たちのメリットは大きいけど、僕たちには何の旨味もないじゃないか。このまま自分たちで堅実な商売をした方が良いよね」
商人の目がきらりと光る。
「商売。今、商売と言いましたね」
「うん、言ったよ」
「では王家が商売をしていることを認めるのですか?」
「ああ。認めるよ」
始めは王家が商売をしている体をとるのを憚っていたが、今では否定出来る状況ではなくなった。
それほどまでに、サフィラスの事業は拡大していた。
「何故ですか。あなたたち王家は、我々商人を卑しい存在だと公言しているではありませんか。天主アンガーラの教えに背き、利益を貪る卑しい存在だと。その王家が、自ら商売をして良いのですか⁉︎」
サフィラスは頬杖を付き、商人を眺めた。
「良くないね」
「では、私たちに経営を委任して頂けますね」
サフィラスは首を横に振った。
「そもそもさ。商売の何がいけないのだろうね?」
「は?」
「だって。小麦を作るのは農家だけど、その小麦を使ってパンを作るパン職人は偉いだろ? 小麦のままじゃ食べられない。だからパン職人は偉い。でも、そのパンを仕入れて他に売りつける商人は下賤だとされる。おかしくないかい? パン職人は、商人がいっぱいパンを買ってくれたら儲かる。商人が色々な所でパンを売ると、色々な人がパンを食べられる。だから、小麦農家も、パン職人も、パンを仕入れた商人も、皆偉いよ」
「はぁ……」
「だから、商人は卑しい存在なんかじゃない」
しばらく商人はポカンとしていたが、やがてぐっと力を込めてうなずいた。
「そうです。我々は、卑しくなんかない。誇りを持って商品を売っているんだ」
「利益だけを求めるのは悪いことだと思う。でも、利益そのものは悪くない。利益を循環させ、皆が富めば、アンガーラの言う荷を分かち合うことにも繋がるんじゃないかな」
サフィラスはにっこり笑った。
「ねぇ。商談をしようよ。僕、新しいプランがあるんだ」
ごそごそと書類を取り出す。
商人はあっけに取られていた。しかしサフィラスが次々と出す提案に、すぐに夢中になった。
隣でやり取りを見守っていたザインは、商人に気づかれぬよう、そっと息を吐いた。