紅い瞳
アグノティタは、風のように走り去るサフィラスを追いかけようとした。
しかし寝室から出たところで、サフィラスの姿はもう消えていた。
アグノティタはざわめく王族を鎮め、葬いの準備をするよう指示をした。扉を閉めて、鍵をかける。
「イーオン」
アグノティタの呼びかけに、イーオンは反応しなかった。
黙ってオムニアを見つめている。
「イーオン。お願い。サフィラスの話を聞いてあげて。あの子のプランは本物よ。これからもっと発展する。絶対に成功するわ。採血に頼らない国政が出来るのよ」
イーオンは聞いているのかいないのか、微動だにしなかった。
「ルヅラに変わる血を持つ子は年々減少している。いつまでも採血に頼っていては財政は破綻する。今ではもう、得るルヅラより、使うルヅラの方が多いのよ」
アグノティタはイーオンに近づいた。
「王族は節制することを知らない。贅沢に慣れきって、この生活が続いて当たり前だと思っている。このままでは王家は滅びるわ。ねぇ、お願い。イーオン」
アグノティタはイーオンの肩をゆすった。
「聞いているの?」
イーオンがアグノティタの手を払う。
「あっ!」
アグノティタはバランスを崩し倒れた。
「何をするの」
「うるさい! お前もサフィラスの味方をするのか!」
「味方とかじゃないわ。私は、国の未来を」
イーオンがアグノティタに馬乗りになった。胸ぐらを掴み、激しく頬を打つ。
「王になるのは私だ! 私なんだ!」
「何を言っているの。 当たり前じゃない。あなたが王になるのは、昔から決まっていることよ」
「そうだ。私が王だ。私が王になるのだ」
イーオンはアグノティタの襟元を握りしめた。
息苦しさに、アグノティタの顔が歪む。
「それなのに……。それなのに父上……。なぜ……」
アグノティタはオムニアの横たわる寝台を見た。
オムニアは、今日明日死ぬような症状ではなかった。
「まさか……」
オムニアの死は、あまりにも突然だ。
「まさか……。あなた……」
イーオンの拳に力が入る。ギリギリと締め上げる音がする。
アグノティタはあえいだ。
「イーオン。お父様は、最後に、なんて言ったの……」
「うるさい! 王になるのは私だ。昔から決まっていたのだ。産まれた時から。ずっと!」
イーオンが拳を押し付ける。アグノティタの喉に、イーオンの拳が刺さる。
「サフィラスなど、部屋の片隅で丸くなっていればいい。私の影に隠れ、私の影に怯えて暮らせばいい!」
「あ……。イ、イーオン……」
「あいつさえいなければ、私は安心して眠れる。あいつさえいなければ!」
アグノティタは苦しさにあえぎ、手を払った。その手がイーオンの顔をかすめる。
「おぅ!」
悲鳴を上げてイーオンは手を離した。
アグノティタの指先が、目をかすめたからだ。
アグノティタは激しく咳き込んだ。
「ごめんなさい。大丈夫?」
咳き込みながら、イーオンを見る。
イーオンは両手で顔を覆っていた。瞳から、涙がでている。
「イーオン?」
「……見たな」
イーオンが手を離す。
あらわになったイーオンの瞳は、燃えるような紅ではなく、赤に近い茶色だった。
「私を見たな!」
不思議そうな顔をするアグノティタに、イーオンが襲いかかる。