葬いの鐘
翌日は急に寒くなった。
まだ秋が始まったばかりだというのに、突然冬になってしまったようだ。
アグノティタはアウラの新しい服を作る為、生地を選んでいた。
ウールやアンゴラで出来たツイードを選び、コートの型を決める。
上質なリネンは肌着に最適だ。そろそろ厚手のドレスも必要だろう。ドレスはベルベットに決めた。
「ドレスの数は、もっと増やした方がいいかしら?」
アグノティタはフクスムに聞いた。フクスムはアグノティタの従者だ。
「そうですねぇ。アウラ様には必要でしょうねぇ」
フクスムは頬に手を当てた。
アウラは活発で、庭で転げ回るのが大好きだ。
犬と戯れ泥だらけになり、1日のうち何枚着替えることになるかわからない。
「サフィラスの方が、よっぽど大人しかったわね」
幼い頃のサフィラスを思い出し、アグノティタは苦笑した。
サフィラスは、姉である自分の後ろに隠れてばかりいた。
大人しく物静かで、座っているのが好きな子だった。
身体を動かすのが苦手で、武術の得意な兄と比べられることに慣れていた。
そのくせ勉強も好きではなく、絵を描いたり、童話を読んだりするのが好きだった。
どうせ兄には敵わない。そう思っているようだった。
しかしいじけることもなかった。
諦めと静観。
幼い目に浮かぶのはそれだった。
唯一、アグノティタと遊ぶ時だけは楽しそうに笑った。
(あのサフィラスがねぇ……)
柔らかなリネンを触り、アグノティタは微笑んだ。
絵本を読んでほしくて泣いていた子が、今や全ての王族を相手に、互角に渡り合っている。
展覧会という大事業を起こし、国に大きく貢献した。
アグノティタはサフィラスの作る新しい波に興奮した。
(あの子は天才かもしれない)
思いもよらぬ才能を開花させたサフィラスを、アグノティタは羨ましく思った。
「男の子の割に、サフィラス様は物静かでしたからねぇ」
フクスムが笑う。フクスムはサフィラスが産まれる前からアグノティタに仕えている。
「そうだ。あの子にも何か見繕ってあげましょう。最近のサフィラスは、物凄く背が伸びたのよ」
「サフィラス様は着る物にうるさいですから。気に入られますかねぇ」
「わたくしだって、展覧会のために少しは勉強したのよ」
何種類もある生地の中から、サフィラスに似合いそうな物を探す。
「これなんてどうかしら?」
深い紺青の生地を見つけ、アグノティタが持ち上げる。誕生日にあげたピアスと同じ色だ。
落ち着いたサフィラスの雰囲気に、よく似合う。
「いい色ですけど、少し縁起が悪くありませんか?」
カルディア王国において赤は慶事を、青は弔事を意味する。
アグノティタが選んだ生地は、喪服に使われる生地だった。
「あら、そうなの?」
「アウラ様にも1枚用意しておいた方がよろしいかと思いまして……」
フクスムの言いにくそうな顔を見て、アグノティタはピンときた。
アグノティタたちの父オムニアの体調は、すこぶる悪い。
「そうね……」
浮かれた気持ちが沈む。
暗い空気を払拭するよう顔を上げ、アグノティタは微笑んだ。
「ではこれで、アウラとサフィラスのものを誂えてもらえるかしら。ふたりが揃いの服を着ると、とても可愛いらしいと思うの」
「そうですね」
アグノティタは時計を見た。
「あら嫌だ。もうこんな時間」
「まぁ、本当ですわ」
たくさんの生地を見ていると楽しくて、このドレスもいい、あのドレスもいいと選んでいたら、すっかり時が経っていた。
ばたばたと最終確認し、お針子に後をまかす。
今日はとても調子が良い。昨日、サフィラスの立派な姿を見たせいだろうか。
久しぶりにアウラとサフィラスと、午後のお茶を楽しもう。
昨日のサフィラスの晴れ姿を褒めてやらなくては。アグノティタはそう思った。
しかしその時、鐘が鳴った。
王の崩御を知らせる、葬いの鐘だ。