王座
サフィラスは謁見の間を訪れた。アグノティタに呼び出されたからだ。
アグノティタは玉座の前に立っていた。
「忙しそうですね」
「ええ、目が回りそうです」
地方の展覧会は、手始めにザインの領内から行った。
結果から言うと、大盛況だった。
地方で暮らすほとんどの者が、王都に来ることなく一生を終える。それは今まで当たり前のことだった。
だが展覧会に来ると、少しだけでも王都の香りが楽しめる。
それだけではない。物販スペースでは、地方では手に入らない、煌びやかでお洒落な物が売っている。
貴族や商人だけでなく、庶民たちもこぞって展覧会を訪れた。
ザインの成功を見て、貴族たちは自分の領地でも展覧会を開いて欲しいと願い出た。
次から次へと依頼が舞い込み、その度にサフィラスは各地を飛び回った。
あっという間に3年が過ぎた。
アグノティタの顔を見るのは久しぶりな気がする。
「アウラはどうしました?」
いつもアグノティタにひっついて離れないアウラがいない。
「従者が見ています」
「大丈夫ですか?」
アウラはアグノティタのひっつき虫で、少しでも離れると泣いてしまうのだ。
「大丈夫ですよ」
アグノティタが笑う。
「あの子ももう5歳です。少しくらい平気です。……少しだけですが」
つられてサフィラスも笑った。
アグノティタの顔を見ただけで、力が湧いてくる。
「今日はどうされたのです? わざわざ謁見の間に呼び出すなんて」
会うだけなら、アウラの部屋でも良かったはずだ。それならば、アウラを従者に任せることもない。
「今日だけは、あなたとふたりきりになりたかったから」
アグノティタが顔を上げる。
いつの間にか、サフィラスの背丈はアグノティタを追い越した。
サフィラスの胸がドキリとする。鼓動が高鳴る。
「姉様?」
アグノティタは両手を前に出した。
「これを、あなたに」
手の中に何かある。箱のようだ。
サフィラスは受け取った。
「これは?」
「開けてみて下さい」
サフィラスが小箱を開ける。
「明日は忙しいでしょうから」
中には小さなピアスがあった。青く透き通った石がついている。
「ついに成人ですね」
明日はサフィラスの15歳の誕生日だ。
サフィラスは箱からピアスを取り出した。
「きれいですね」
アグノティタはサフィラスからそっとピアスを取り上げた。サフィラスの耳につける。
「似合いますよ」
「ありがとうございます」
「ハギオノクスという石です。王都の夜という意味です。あなたにぴったりの石だと思いました」
「僕に?」
「サフィラス。青い宝石という意味です」
サフィラスは少し照れくさかった。しかしその何倍も嬉しかった。
「大事にします」
だがアグノティタは悲しい顔をした。
「姉様?」
青白く、血の気がない。
「大丈夫ですか? また体調が悪いのでは」
サフィラスがアグノティタの肩に手をかける。アグノティタはその手に手を重ねた。
「わたくしが、あなたをここに呼び出した理由がわかりますか?」
「え? いいえ、わかりません」
アグノティタは振り返った。
一段高いところにある玉座を見上げる。
「あなたは知っていますか? この玉座の、中央に付いているルヅラのことを」
サフィラスも玉座を見た。
「ええ。たしか、始祖の血ですよね?」
アグノティタがうなずく。
王家の秘宝とされる玉座、王冠、そして大剣には、大きなルヅラが飾られている。
それは始祖アンガーラの血でできているとか。
「この玉座に座る者にはアンガーラの恩恵が与えられ、叡知と繁栄がもたらされるそうです」
サフィラスは玉座を見上げた。
天蓋を支える柱にはサファイアやルビー、エメラルドなどが散りばめられ、台座には生命を司る配置で色とりどりのダイヤモンドが飾られている。
そして中央には一際大きなルヅラ。
アグノティタはサフィラスから手を離すと、壇上に上がった。
「この椅子に座り、歴代の王は何を思ったのでしょう」
アグノティタが玉座をなでる。
サフィラスは、アグノティタは今、何を思っているのだろうと思った。