ルウチの奥
ザインの提案で、富裕層とは別に、庶民向けの商品を開発することになった。
サフィラスはザインに会う為、娼館に通い詰めた。
ルウチのいる店は娼館という性質上、密談を交わすのにもってこいだ。
サフィラスは毎回、打ち合わせが終わるとすぐに城へ帰る。
時には食事をとることもあったが、海鹿亭の料理は口にあわないらしい。
サフィラスが去ると、ルウチは切ないため息をついた。先ほどまでサフィラスが座っていた椅子をなでる。
ルヅラをはめ込んだような紅い瞳。
意思の強そうな眉。
象牙のような白く滑らかな肌。
とうもろこしの毛のように白く輝く金髪。
全てが自分と違った。
ルウチは初めて出会ったあの夜に、一目見ただけで恋に落ちてしまった。
ルウチがサフィラスの相手に選ばれたのは、年が近いというだけの単純な理由だ。
隣に座ると胸は高鳴り、息はつまり、天にも昇りそうな心地だった。
しかしサフィラスは呆気なく城へ帰ってしまう。
サフィラスが帰った後も店は続く。
辛い時に辛い顔をするのは苦手だ。もっと辛くなるからだ。
だからサフィラスが帰ったあとは、いつもよりよく笑う。
そうしていないと、やり切れない。
サフィラスの座った椅子に手を置いたまま、奥の扉を見る。
扉の先には、寝台がある。
サフィラスがこの扉を開けたことは、今までに1度もない。
そのような部屋があることすら知らないだろう。
どうやらサフィラスは、ここがただの飲み屋だと思っているらしい。
偽りでもいい。一刻でもいい。
サフィラスの愛情を受けることが出来れば、どんなに幸せだろう。
「ルウチ、次の客が来るぞ。用意しろ」
ボーイに声をかけられ、我に返る。
身なりを整え、居住まいを正す。
「やぁルウチ。久しぶりだね」
潰れたヒキガエルのような男が入ってくる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
ルウチは今宵も、とびきりの笑顔を浮かべた。