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希望の光

 ザインはそれでも我慢した。

 本来、気の短い質なのだ。幼いふたりのやりとりを我慢強く黙って聞いていた。


 何年も高級娼婦をしているくせに、サフィラスの前で、ルウチはうぶな乙女のようだった。


(これは期待ハズレだった)

 そう思った。

(一体いくら払ったと思う)

 娼館に支払った金額を思い出し、苛々した。


 しかし話題は奇跡的に展覧会に向かった。

 サフィラスみずから話題を振ってくれたのだ。


 展覧会の仕組みを知りたいザインにとって、これは千載一遇のチャンスだ。

 機嫌良く喋っているので、聞き役はルウチに任せ、ザインは黙っているべきだ。


 そうするべきなのに──

 我慢できなかった。



「素材をもっと安価な物にすれば、コストは下がりますよ」

 我慢できずに割って入る。

 サフィラスはきょとんとした。

「素材?」


 ザインはルウチの握るハンカチを取り上げた。

 手触りを確かめ、生地をよく見る。

「これは、フィールム地方の白絹ですね?」

 わずかな動作だけで産地を当てる。


 サフィラスは驚いた。

 流行遅れの服を着ているので、ファッションに興味のない人だと思っていた。


 しかしそれは、サフィラスのチェックが細か過ぎたのかもしれない。

 たしかに着ているものは最新の物でない。それにとても質素だ。

 だが何点かは、驚くほど高級な物もある。


 例えば袖口に光るカフス。

 磨き上げた革靴。

 袖口を彩るレース。


 質素なのはブラウスや靴下。ようするに消耗品だ。

 レースは流行遅れだが、長く愛用できるものは高級品ばかり。

 トレンドの過ぎた物を上手く組み合わせ、野暮臭くならないよう、気を付けているとわかった。


 サフィラスの、ザインを見る目が少し変わる。


「そうだよ。絹ならフィールム地方の物が1番だからね」

 アグノティタのウエディングドレスと同じ生地を使っているというのは、この商品の推しであり、サフィラスのこだわりでもあった。

 しかしザインは言った。


「このように高い糸を使うから、値も上がるのです。量を売りたいのなら、質を落とすべきです」

「質……?」


「白絹を使っている間は、このハンカチを買うのは裕福な貴族か商人だけです」

 裕福でない貴族の自分には、手が出せない。

 ザインは苦々しく思った。

 このハンカチを買うなら、食費にまわす。そして使用人に、少しでもまともな物を食べさせる。


 ザインは侯爵だ。

 本来であれば、貧困に喘ぎ、食費を削るような真似をしなくても良い立場の人間だ。


 しかしザインが侯爵家を継いだ時、家の財政は火の車だった。

 父の起こした事業はことごとく失敗し、借金にまみれていた。


 事業を畳み、堅実な返済で領地を奪われるようなことはなかったが、相変わらず金はない。


 父が考えなしに購入した高価な衣装を使い回しているが、着る物にも困る始末だ。

 だが、本来はとてもファッションに興味がある質だった。


「質を下げ、コストを下げることで、値段が下がります。そうすることによって、庶民にも手が届くのです。そうすると量も売れるでしょう」

「コストと質か……」

 サフィラスは考えたこともなかった。


「質の低いハンカチって、何で出来ているの?」

「庶民は木綿のハンカチを使っていますな」

「木綿?」

 ザインはポケットからハンカチを取り出した。


「このような生地です」

 サフィラスはハンカチを受け取り、手触りを確かめた。

「へぇ。初めて見たや」


 ザインは苦笑した。

 サフィラスが着ているブラウスも、木綿でできているからだ。

 ただし、サフィラスが着ているのは最高級リネンのサテン織。

 ザインのハンカチは、荒く低品質な平織。


「絹は手入れが面倒ですから。普段使いに木綿を使っている者は多いと思います」

 ザインの場合、その理由の他に値段があった。絹のハンカチを買う余裕はない。


「そもそも、あの展覧会で売っている商品は高すぎます。あれでは庶民は手が出せない。せっかくの顧客をみすみす逃すようなものです」

「顧客?」


「商品を買ってくれる人のことです。高い商品はひとつ売るだけで大きな利益を生みますが、だからと言って小銭をバカにしてはいけません。塵も積もれば山となるといいますでしょう。薄利多売でも利益は出るのです」

「薄利多売……」


「もちろん。高い商品も重要です。貴族や商人相手のね。ですが、庶民だって重要な顧客です。彼らのために、野外に仮設テントでも設置して、安い商品を売ればいいのです」

「仮設テント?」


「会場内の物販スペースで、高くて買えないわぁなんて思っていた娘たちが、このくらいならと、思わず2個、3個と買ってしまうような物を。自分用だけでなく、友達に配ったり、近所に配ったり、恋人に渡したり。そうして数を稼ぐことで利益を得る方法もあるのです」


 サフィラスはがばっとザインの手を握った。

「素晴らしい!」

 ザインはおもわず身を引いた。


「私の周りに、このように率直な意見を言ってくれる者はおりませんでした。それも、私の知らないことばかりだ。もっと教えて下さい!」

「え、あの……」


「実は、地方でも展覧会を開いて欲しいという要望があるのです。しかし地方には王家の直轄地がありません。土地がなければ建物は建てられない。土地を買うなら、王都と同じ収益では足りない。もっと利益を増やせないものかと悩んでいたのです」


 ザインの頬は思わず緩んだ。

「それでしたら……」


 ザインは地方の貴族に土地を提供させることを提案した。

 その見返りとして、収益の一部を領主に収める。

 その収益は、貧困にあえぐ貴族の希望の光になる。


 サフィラスは喜んでその条件を受け入れた。

 サフィラスとザインは硬い握手を交わした。

「頑張って利益を上げましょう」

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