蕾
「失礼致します」
何度も泣き叫んだような、低くかすれた声がした。それなのに、とても優しい響きをしている。
「あれ、君は?」
部屋に入ってきた女の子を見て、サフィラスは驚いた。
「お久しぶりでございます。またお会い出来て嬉しゅうございます」
ルウチが頭を下げる。
前回来た時と同じく、黒を基調とした服を着ている。
艶やかな黒髪を高く結い上げ、白バラを刺していた。
まだ蕾ではあるが、いずれ大輪を咲かせる予感を感じさせる。
「ごめんよ。そういえば、また来るって言ったのに」
サフィラスは頭をかいた。
また来ると言ったきり、一度も訪れていない。
「良いのです。また、来て下さいました」
ルウチが微笑む。
(優しい子だな)
独特の低い声が優しくサフィラスを包む。ゆっくりとした喋り方は、サフィラスを落ち着かせた。
「何か召し上がりますか?」
ルウチが皿を持つ。
サフィラスは急に空腹を覚えた。そういえば、今日は昼食を食べたきりだ。
いつもなら、アグノティタと午後のお茶を飲んでいる頃だ。秘密の食事と一緒に。
「うん。今日は何も食べてないんだ。お腹ぺこぺこ」
「まぁ」
「そこのアクアパッツァとバケットを取ってよ」
「はい」
ルウチから皿を受け取り、鯛の身を口に入れる。
サフィラスは眉をしかめた。
「味が濃いね」
「申し訳ありません」
すかさずルウチが水を持つ。それをザインが制した。
「酒にはこのくらいがあうのですが、サフィラスは召し上がれないとのことですので……」
ザインが両手を叩く。
「代わりにジュースはいかがです? 今は葡萄が旬ですから。搾りたては旨いですよ」
王都の南部は、近隣諸国でも有名な、葡萄畑が広がっている。
紫のダイヤと呼ばれる大粒の葡萄が運ばれた。目の前で葡萄を絞り、果汁がグラスに注がれる。
ひとくち飲んで、サフィラスは満足そうにうなずいた。
「うん、美味しい」
「それは良うございました」
ザインが微笑む。
(さて、どうやって切り出そうか)
ザインは顎髭をなでた。