勘違い
店の中は相変わらず薄暗かった。
サフィラスは、前回来たときよりも落ち着いていた。前回は少し、怖気付いていたのだ。
しかし今回は、展覧会の視察という大義名分がある。展覧会を開くため、何人もの大人たちと対等に渡り合った。
以前のサフィラスとは違う。しっかりと店の中を観察した。
そうして見ると、確かにここは食堂でない。
料理を食べている客は少ないし、酒を呑んでいるだけの客も多い。
(あ、そうか。これが酒場か)
サフィラスはまたしても勘違いした。
リカルドに連れられるまま、店の奥へと進む。入った部屋は、前回ネブラに連れてこられた部屋と同じだった。
つまりはこの店の中で、最も『高い』部屋なのだが、サフィラスにはそれもわからなかった。
「お待ちしておりました」
個室の扉を開けると、男が数人待ち構えていた。
サフィラスはラーウム男爵しかいないと思っていたので驚いた。
中央に座る男に見覚えがある。
前回ネブラに連れて来られた時、途中からやってきた男だ。
前回は披露宴を抜け出して来たせいで、男もサフィラスも豪勢な服を着ていた。
そのくせ、流行遅れのレースがとても気になった。
今回はどちらも普段着だ。だからこそ、男の質素な身なりが気になった。
「ザイン侯爵?」
「お久しぶりでございます。披露宴の時以来ですな」
ザインは相変わらず髭を生やしていた。ひょろひょろと細長く、全く似合っていない。
「こちらにどうぞ。サフィラス様」
うながされ座ると、ソファーも相変わらずぶよぶよしていた。
「ザイン侯爵たちもご一緒とは知りませんでした」
「人数は多い方が楽しいですからね」
「その格好はどうされたのです?」
「は?」
サフィラスは、ザインの質素な服を指さした。
「貴族の間では、こういうのが流行っているのですか?」
サフィラスはファッションが好きだ。特に最近は、展覧会のために情報を集めている。
だから、自分の知らぬ流行があったかと驚いた。
「いえ、これは。流行りと言うより……」
「ああ。庶民の店に来るには、これくらいの方が良いのですね?」
サフィラスの愛くるしい顔を見て、ザインは苦笑した。
庶民の店と軽く言ったが、ここは『超』がつく高級娼館だ。
「ところで、僕が来る意味はあったのでしょうか。今、忙しいのですが」
サフィラスはリカルドを見た。
リカルドはラーウム男爵に酒を勧められ、グラスを傾けていた。
「あなたがここにいることが重要なのです。あなたがいなければ、ラーウム男爵はリカルドに会おうと思わなかったでしょう」
サフィラスに勧めるため、ザインがグラスを持つ。
「ラーウム男爵はひとり娘のセーラを大変可愛がっておりまして。リカルド様はとても由緒あるお家柄ですが、少々よくない噂も聞きますから」
サフィラスが顔をゆがめる。
「確かに……」
ザインはワインボトルを手に取った。
「しかし直接話せば、リカルド様が良き人だとすぐに伝わりますよ。ささっ、一杯」
サフィラスはやんわりとザインの手を止めた。
「申し訳ない。姉上に酒は止められています」
「そうなのですか?」
「本当は、勝手に城外に出ることも禁じられています」
グラスをそっと押し戻す。
「酒まで呑んだことがバレたら恐ろしい。お気持ちだけいただきましょう」
ザインは戸惑った。接待に酒は付き物だからだ。
酒に酔わせて口を軽くする。それがザインのやり方だ。
(弱ったな……)
ザインはラーウム男爵の娘がリカルドと付き合っているのを利用して、リカルドにサフィラスを呼び出すよう計らった。
女にだらしのないリカルドは、まんまと高級娼館に釣られ、サフィラスを連れてきた。
(酒がダメなら、こっちだな)
ザインは店員に目で合図した。