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展覧会

 経済や流通の教師を通し、商人を紹介してもらう事になった。

 それぞれのプロに教えを請い、サフィラスは知識を吸収した。

 確固たる目的を持ったサフィラスの吸収力は凄まじかった。


「会場の最後に、物販スペースを設けよう。オリジナルグッズや、王家御用達の商品を並べるんだ」

 サフィラスは嬉々としていた。


「展示したドレスに模した服を売るのも良いね」

 思いつきは、すぐに実行に移した。

 デザイナーを呼び寄せパターンを作る。ファッションにこだわるサフィラスのチェックは厳しかった。

 しかしデザイナーは喜んだ。


「サフィラス様は天才ですね。このようなパターンを思いつく人間はいませんでした。デザイナーとして、私は幸せです」


 それを聞いた建築士は言った。

「それを言うなら、私だってそうだ。このように大きな仕事を与えられ、任してくださる。建築士として光栄なことだ」


 そして商人たちは言った。

「王家御用達と銘打つだけで、商品が物凄い勢いで売れる。こんなこと、今までにないことだ」



 サフィラスの企画は『王家の暮らし展覧会』と銘打ち大々的に公開された。

 会場は王宮に及ばないまでも、王宮を模し大きく立派な建物が建設された。

 王家所有の家具や絵画が飾られ、煌びやかなドレスやアクセサリーも展示された。


 展覧会は大成功だった。

 会場があるのは王都のはずれだったが、入場待ちの長蛇の列が出来た。

 入場者は王都の人間にとどまらず、全国の至る所から訪れた。


 物販スペースではサフィラスの監修したドレスが飛ぶように売れ、生産が追いつかないほどだった。


 皆がサフィラスを褒め称えた。サフィラスは嬉しかった。王になることのない自分にも、王家の為に出来る事がある。そう思うだけで嬉しかった。



 しかしその一方、暗い顔をした人間もいた。


「王家が商売を始めたぞ」

「天主アンガーラに諌められているにもかかわらず」

「自分たちだけ利益を貪るつもりか」

「王家と商人が結びついたら、我々貴族はもう終わりだ……」


 いつもの店の、いつもの個室に男たちは集まっていた。


「一体誰のさしがねだ。誰がこのようなこと思いついたのだ!」

 ザインはテーブルを強く叩いた。

「ネブラ様は、何も言っていなかったのか!」


 貴族のひとりが首を振る。

「何も聞いていない」

 ネブラは毎日酒に浸っていた。その酒代は、貴族たちが自分の食費を削り出しよったものだ。

「ネブラ様を呼んでくれ」


 ザインの呼びかけに応じ、ネブラが店にやって来た。

 ネブラが扉を開けるなり、ザインは詰め寄った。


「一体どういうことです!」

 ネブラは飄々としていた。

 向かいの席に座り、慣れた手つきで酒を注ぐ。


「女は?」

 ネブラが辺りを見回す。

「呼ぶ訳ないでしょう。これは、一体どういうことなのです!」


 テーブルの上に広告を置き、バンバンと叩く。

 広告には王宮を模した展覧会場がでかでかと印刷されている。

 裏面には煌びやかな王宮の暮らしを再現した部屋や衣装がプリントされていた。


「おや、言わなかったかな?」

「聞いていません」

「尋ねたかい?」

 ザインは歯ぎしりをした。


「こちらから聞かなければ、教えて頂けないのですか?」

「何故私から報告しなければならない。私は君の部下でもなんでもないよ」

「しかし」


 ザインはネブラの持つグラスを見た。

 ネブラが毎日この店で使う金額は、決して安いものではない。


「これかい?」

 ネブラがグラスを傾けてみせる。

「こんなちんけな物で、私を買ったつもりかい? 身の程を弁えたまえ。私は王族だよ。しかも、第4位とはいえ直系の王族だ。君のようないち貴族が、対等に話をしようというほうが間違っている」


 ネブラはザインを睨め付けた。

「君は私を見くびっているね。私には何も出来ないと」

 ネブラが「くっくっ」と喉の奥で笑う。


「そうさ。私は何も出来ない。私はね、無能なんだ。兄を殺し王位を乗っ取ることもしない。間諜になって王家に仇なすこともしない。ただふらふらと呑み歩き、余生を過ごすだけの、搾りかすのような人生を良しとして生きるのだ。野心に満ちた君とは違うのだ」


 ネブラはそう言うと立ち上がった。

「搾りかすのような人生だが、君のおかげで少しは暇つぶしが出来たよ」


 酒でいっぱいになったグラスを傾ける。

 ザインの頭にどぼどぼと酒がかけられた。


 扉を開けて、ネブラは去った。

 ザインは拳を握りしめ耐えた。

 ここでネブラを殺すのは容易い。しかし相手は王族だ。


 王族殺しは一族郎等皆殺しと法で定められている。

 今短気を起こせば、被害は自分だけで済まない。耐えるしかない。握りしめた拳から血が流れた。


「誰か、他に心当たりはないのか!」

 ザインは荒々しく言った。すると、奥からおずおずと声がした。


「あの、実は……」

 声を上げたのはラーウム男爵だった。

 貴族の中では最下層の地位にあり、領土も小さく豊かではない。

「娘が気になることを言っていて……」

「気になること?」


「娘が、展覧会で売っているドレスの、試作品を貰ったというのです」

「試作品?」

「そのような物、一体誰に貰ったのだと聞くと、リカルド様に貰ったと言うのです」


「リカルドというと……」

「おそらく、分家のリカルド様かと」

「ああ、あの。リカルド様といえば……」

「サフィラス様付きの従者をしています」

「サフィラス様か」


 ザインは、イーオンとアグノティタの披露宴を抜け出した夜のことを思い出した。

 細く華奢な少年だった。自分がいる店が、娼館だということすらわかっていなかった。

 接待をする価値もないような子どもだった。


「サフィラス様なら、先日、城で偶然会ったぞ。驚いたよ。背も伸び体格も良くなり、同じ人物とは思えぬほど成長していた。なにより、とても利発そうな目をしていた」

 貴族のひとりが言った。


「ふむ」

 ザインはひょろひょろと長い顎髭をなでた。

「サフィラス様と会うことは可能か?」

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