提案
オムニアは、執務室にいた。窓辺にある大きな椅子に座っている。
玉座のように、煌びやかではない。マホガニーの家具で揃えた、落ち着いた部屋だ。
王の部屋は順に、閣議の間、執務室、控えの間、寝室と連なっている。
基本的に、王は執務室で仕事をこなす。
「それは、お前の考えか」
オムニアの声は低かった。
このところ、あまり体調が良くないらしい。
早くに子をなす王族には珍しく、オムニアはなかなか子宝に恵まれなかった。
(何歳だったかしら……?)
アグノティタはひざまずき、見上げだ。
皺が深い。頭に乗せた王冠が重そうだ。
白に近い金髪は、だいぶ薄くなった。
そろそろ冷えてきたとはいえ、秋にはまだ早い、分厚いビロードのマントを羽織っている。
オムニアの体には、確実に老いが迫っている。
「はい。わたくしが考えました」
サフィラスのアイデアを、アグノティタが資料にまとめて提出した。
発案者の名はアグノティタにした。
アグノティタの隣にはサフィラスもいる。大人しくひざまずいている。
アグノティタがそう指示したのだが、サフィラスは特に異を唱えなかった。
手柄を横取りされるとか、自分が褒められたいとか、そういう感情はないのだろうか。
アグノティタは不思議だったが、反抗されずにすんで良かった。
サフィラスのアイデアは革新的すぎる。
もしかしたら父の不興を買うかもしれない。
アグノティタは、自分が考えたことにして、サフィラスを守ったつもりだ。
「父のやり方は気に食わんか」
「そのようなつもりはありません。ただ、少しでもお役に立てればと、浅知恵を絞りました」
「ふん」
オムニアはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「サフィラス。お前はどう思う」
「いい考えだと思います。失敗するリスクは少なく、成功すれば大きな収益になるでしょう」
オムニアはアグノティタがまとめた書類を眺めた。
「悪くはない。しかし気に食わん」
オムニアの言葉にサフィラスがしゅんとする。
「これは、アグノティタの意見ではないな」
サフィラスが顔を上げる。
「お前だな」
静かな圧迫に、サフィラスは小さく「はい」と返事をした。
「新しいことを始める時に、人の後ろに隠れているようでは成功しない。お前の指揮でするなら許可しよう」
サフィラスの顔が輝く。
アグノティタを見ると、アグノティタも嬉しそうな顔をしていた。
礼を述べオムニアの元を去る。執務室から出た2人は、思わず手を取り合った。
「やりました、姉様」
「やったわね、サフィラス」