アイデア
それからふたりは資料集めに奔走した。知識がないことには何も始められない。
アグノティタは図書室で分厚い資料を次々とめくった。
一方サフィラスは、1枚の写真をじっと見つめている。
手にした写真には、アグノティタが写っていた。婚姻の儀の時の写真だ。
王宮を背景に、ウェディングドレスをまとっている。
「ねぇ、姉様。庶民は王宮に立ち入れないですよね?」
「そうよ」
「では、庶民が王宮の中を見られたら、喜ぶと思いませんか?」
アグノティタが手を止める。
「そのようなこと、許されるはずありません」
「勿論、本物ではありませんよ」
アグノティタが小首をかしげる。
「どういうこと?」
「王室が持っている土地のどこかに、王宮を模した建物を作るのです。本物より、もっとコンパクトで低予算の物を」
「そんなもの作ってどうするの」
「中に王宮の暮らしを偲ばせるような物を展示するのです。家具や、衣装など。そして、拝観料をとるのです。きっと誰もが見たいと思いますよ」
アグノティタは眉を潜めた。それならば頭の固い他の王族も納得するかもしれない。
だがアグノティタは思った。
「そんな物、見たいかしら?」
アグノティタは他人の生活など、カケラも興味がわかない。
わざわざお金を払って見に来る人がいるとは思えなかった。
「見たいですよ!」
サフィラスは持っていた写真をテーブルに置いた。
アグノティタのウェディングドレスを指差す。
「姉様は、自分が国民にどれほど愛されているのか知らないのです。姉様の花嫁姿が、どれほど国のファッションに影響を与えたことか!」
「そう……なの?」
サフィラスは信じられないと、額に手を当てた。
「姉様と同じドレスを着たいと、洋品店には注文が殺到したそうです。貴族の娘たちは、姉様と同じ生地だ、同じ模様だと自慢しあったそうです。庶民ですら、白のハンカチに赤い糸で花のモチーフを刺繍したそうですよ」
アグノティタの着た真っ白のウエディングドレスの裾には、ルヅラ糸で花柄の刺繍が施されていた。
「そういうものかしら……」
「そういうものですよ」
「どうしてそのような事を知っているのです?」
「え?」
「庶民がハンカチに刺繍をしたとか。貴族の娘が洋品店に注文したとか」
「ジョージやリカルドが言っていました」
サフィラスは、サフィラス付きの従者の名を口にした。
「メイドのアンナに刺繍入りのハンカチをねだられたとか、セーラに同じ生地のドレスをプレゼントしたとか」
「セーラって、ラーウム男爵の娘の?」
サフィラスがうなずく。
「まぁ」
アグノティタは彼らがそのような事をしているとは、全く知らなかった。
「姉様は、あまりファッションに興味がありませんからね。知らないかもしれませんが、物凄い人気だったそうですよ」
「そうなの……」
アグノティタと違い、サフィラスは着るものにこだわる質だ。
ジョージやリカルドから聞かなくても知っていたかもしれない。
「わかりました」
アグノティタがうなずく。
「検討してみましょう。建物を建てるなら資金が必要ですね。まずは概算を出してもらいましょう。その他の経費も必要でしょうし──」
「では管理会社を設立した方が早いですね」
サフィラスの言葉に、アグノティタが仰天する。
「会社を設立⁉︎ 作るのですか? 会社を?」
「その方が良くないですか? 会社を作って、あとはそこに任せてしまえば、王家が商売をしていることにはなりません。王家は会社に土地と建物と展示品を貸与している形にすればいい」
「それは……そうかもしれませんが……」
「そうだ。不動産とは別に、商品を作る会社があってもいいですね」
「商品?」
アグノティタはサフィラスの発想の展開についていけない。
「王家のオリジナル商品を作るのです。国旗や王族の肖像画をプリントすればいい。デザイナーに王家のイメージで作ってもらうのもいいかも」
「そんなこと、他の王族が許すかしら……」
「何故いけないのです? 王家所縁の品を所持することによって、国民は王家に対し親しみと尊敬を持つことになります。それは王家の威信にも繋がります」
「そう……。そうね」
「王家が商品を作る必要はないのです。オリジナル商品を開発する許可を出すだけでいい。勿論、王家に相応しいデザインに限るとして。その許可を契約金として貰うのです。これだと商売をしている様には見えないでしょう」
サフィラスはにっこりと笑った。