休戦
国境をめぐる戦は長引いた。
3年の月日を要しても戦況は好転せず、膠着状態が続いた。
兵は疲弊し、財政は圧迫された。それは隣国も同じであった。国の代表が集まり、休戦の条約が結ばれた。
長きに渡る小競り合いは、今回も決着を見せなかった。
「何度同じことを繰り返すのでしょうね」
休戦の報せを聞き、サフィラスは言った。アグノティタが怖い顔をする。
「イーオンや兵は、国の為に戦ってきたのですよ」
「申し訳ありません」
サフィラスは心から反省した。
戦に出たことのない自分に、そのようなことを言う資格は無いと思った。
しかし、帰ってきたイーオンを見て、その反省は吹っ飛んだ。
「姉様! 良いのですか!」
サフィラスは憤り、アグノティタのもとを訪れた。
アグノティタはアウラの部屋に居た。
アウラの部屋は、アグノティタが結婚するまで使っていた部屋だ。ドレッサーの前に座るアグノティタを見て、サフィラスは一瞬、昔に戻ったような気がした。
アグノティタは口元に手をやり「静かに」と言った。
ベッドの上で、アウラが眠っている。
アウラは何の問題もなくすくすくと育ち、2歳になった。
アウラを見てサフィラスは口をつぐんだが、アグノティタとの距離を詰めた。
アグノティタはため息をついた。
「インベルのことですか?」
サフィラスはうなずいた。
イーオンは西の戦場で、新たに産まれた子を連れて帰ってきた。
「姉様というものがありながら、他の女性に手を出すなんて!」
小声にはなったものの、サフィラスは相変わらず激昂している。
「王が子を増やすのは当然のことです。王族の数を増やすのは、王の務めでもありますから」
平然とアグノティタは言った。その表情から、アグノティタの真意を読み取ることは出来ない。
サフィラスはアグノティタを見つめた。アグノティタは見違えるように美しくなった。
秘密の食事の成果だろうか。
落ち窪んでいた目は輝き、顔色も良くなった。浮き出た鎖骨や、皮と骨だけのような腕は、丸みを帯び柔らかくなった。
アウラを抱き上げる為に筋力をつけた。ベッドに伏せたままの日は少なくなり、アウラと一緒に庭を駆け回る日が増えた。
元々美しくはあったが、折れてしまいそうな脆さをもった美しさとは違い、健康で、快活で、爽やかな美しさを手にいれた。
輝やくばかりに美しくなったアグノティタと共にいられることは、サフィラスにとって何よりも幸せなことだった。
ただ、抱きしめたい衝動を抑えることだけが大変だった。
ざわめいた空気を感じたのか、アウラが目を覚ます。アグノティタはアウラを抱き上げた。
「起きましたか」
「はーよ」
アウラの寝起きは良い。
いつまでもベッドでぐずぐずしているサフィラスとは大違いだ。
アグノティタの腕から降りると、おもちゃ箱まで走って行く。
「かーちゃ。どーぞ」
アヒルのおもちゃを持って、アウラがアグノティタの元に戻ってくる。
「まぁ、ありがとう」
アグノティタがアヒルを受け取る。するとアウラは嬉しそうな顔をして、また手を出した。アグノティタがアヒルを差し出す。
「はい、どうぞ」
「あーと」
アヒルを受け取り、またおもちゃ箱まで走っていく。
その走り方はどたどたと危なっかしい。転ろぶのではないかと、サフィラスはひやひやした。
無事おもちゃ箱にたどり着くのを見届け、サフィラスは言った。
「姉様がよろしいのでしたら……」
まだ不満ではあったが、アグノティタの様子を見て納得する。サフィラスは剣の稽古に戻った。