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黄昏泣き

 どうどうと、滝が激しい音をたてる。

 先日降った大雨の影響だろう。この季節になると、決まって大雨が降る。


 いつもは小さな滝が、ウィリデ山脈から流れる渓流で勢いを増していた。


 以前アグノティタが使っていた部屋は、今ではアウラの部屋になった。

 アグノティタとアウラ、それにサフィラスは、部屋についているテラスにテーブルを出し、午後のお茶を楽しんでいた。


「どういうことですか?」

 アグノティタの不思議そうな顔を見て、サフィラスは嬉しくなった。


「商人以外の人たちだって、利益を求めているじゃないですか。農民だって、ただで小麦を作っている訳じゃない。作った小麦を、誰かが買ってくれるから小麦を作るんだ」


「確かにそうですが……」

「天主アンガーラだって、生きていくのに必要な分まで怒らないと思います。きっと、必要以上に利益を求めるなってことじゃないかな。愛を説くアンガーラだもん。戦で利益を上げるより、商売で儲けた方が良いと思いませんか?」


 サフィラスはにっこり笑った。その顔は愛らしく、アンガーラを助ける聖人シャニのようだ。

 そのくせ、言っていることは賢者ブドのように聡い。


 サフィラスの考えに、アグノティタは驚いた。

 このようなことを考える王族が、今までにいただろうか。

 アグノティタはサフィラスの意見をじっくりと吟味した。


 アグノティタは従来の掟や伝統は大切だと思っている。しかし、それに固執する必要は無いとも思っていた。

 意味のある伝統は守るべきだが、意味のない因習を続けるのは無駄なことだ。


「例えば、どういった方法があると思いますか?」

 アグノティタの問いに、サフィラスは考えを巡らせた。

 特に意見があって言ったことではない。しかし、アグノティタの予想外の食いつきに、応えたいと思った。


「物を売るとか、わかりやすい商売は避けた方がいいですね。きっと反対される。例えば……。そう。例えば、何かの許可を出すというのはどうですか? 今まで禁止していたことを許可する代わりに、金銭を徴収するのです。国民は規制が緩和されて喜ぶし、財政は潤います。一石二鳥じゃありませんか?」


 サフィラスは適当に考えた割に、いい思いつきだと思った。

 しかしアグノティタは眉をひそめた。

 王家が金策に走ること自体、保守的な王族は嫌がるだろう。更に禁止事項まで解除するとなると、どんなひんしゅくを買うかわからない。


「すみません。浅知恵でした」

 アグノティタが顔を上げると、サフィラスは申し訳なさそうにうつむいていた。

「いえ、面白い考えだと思います。真剣に考えていたのです」


 サフィラスの顔が輝く。

(わかりやすい子だ)

 アグノティタは可愛く思った。その時、突然アウラが泣き出した。


「あらあら。起きましたか」

 アグノティタはアウラを抱き上げた。

 テラスから部屋に移り、授乳とおむつ替えをする。テラスに戻っても、アウラはまだ泣いていた。

 夕方になると、アウラはよく泣く。


「どうしてこの時刻になると泣くのでしょう」

 サフィラスは不満そうな顔をした。

 サフィラスが一日の中で一番楽しみにしている時間を、いつも邪魔されるからだ。


 サフィラスの問いに、アグノティタは思わず微笑んだ。

 サフィラスだって、ついこの間まで赤子だったのだ。その子が不思議そうに赤子を見つめるのが面白かった。


「夜になるのが怖いのです。辺りが暗くなると、心細くなるでしょう?」

「僕はなりません」

「今はね。大きくなったから」


 アグノティタは片手でアウラを抱いたまま、サフィラスの頭をなでた。サフィラスが嬉しそうな顔をする。

 大人顔負けの意見を出したかと思えば、まだまだ赤子のようなことを言う。不思議な子だ。


 アウラがひときわ大きく泣いたので、サフィラスから手を離し、アウラを抱きしめる。

「大丈夫です。母がいますよ」


 サフィラスは、アウラを抱きしめるアグノティタは、天主アンガーラのようだと思った。

 あらゆるしがらみから解放され、その瞳にはアウラしか映っていない。アウラの幸せだけを願っている顔だ。


 サフィラスは、アウラを羨ましいと思った。

 自分も赤子に戻り、アグノティタに抱きしめられたい。


 そんなサフィラスの気持ちに気付いているのかいないのか、アグノティタは可愛い笑顔でサフィラスにアウラの顔を見せた。

「ほら、もう泣き止んだ」


 その笑顔を見られるだけで、サフィラスは幸せだと思った。

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