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戦況

 サフィラスはとても幸せだった。

 穏やかな午後で、気持ちの良い風が吹いている。


 季節は巡り、秋になっていた。どこかで咲いている金木犀の香りが漂ってくる。

 隣を流れる滝に、紅く染まった紅葉が浮かぶ。サフィラスはテラスにテーブルを出し、午後のお茶を楽しんでいた。


 同じテーブルに、アグノティタもいる。

 日課になったアフタヌーンティーの後、アグノティタとサフィラスは思い思いに同じ時を過ごす。

 アグノティタは刺繍を、サフィラスは読書をしていた。


 アグノティタの隣には、夏に生まれた子どもがすやすやと眠っている。

 アウラと名付けられたその子どもは、アグノティタたっての希望で、アグノティタ自身が育てていた。

 よく乳を飲み、よく眠る子だった。


「乳母たちは、子育てがいかに大変か語ったけれど、この子を見てから何も言わなくなったのよ」

 アグノティタは幸せそうに微笑んだ。


 アグノティタは、アウラを産んでから変わった。

「この子を抱くために」

 そう言って慣れない筋トレをした。

 サフィラスと一緒に何でも食べるようになった。


 貧血が改善され、輝くように美しくなった。

 元々美しい人ではあったが、以前の抱きしめたら折れてしまうような、儚い美しさは消え、変わりに内面から湧き出る生命力に、しなやかな美しさを手にいれた。


 そんなアグノティタを見ているだけで、サフィラスは幸せだった。

 この穏やかな日々が、いつまでも続けばいい。それだけを願っていた。



 部屋の扉が開き、アグノティタの従者が入ってくる。盆に乗せた手紙を差し出す。

 手紙を読み終えると、アグノティタはため息をついた。


「どうなさったのです?」

 サフィラスは聞いた。

「戦況がよろしくないようです」

 アグノティタの表情は暗い。

「そうですか」

 サフィラスはどう声をかけたらいいのかわからなかった。


「今度の戦は必ず勝たねばならないのに……」

 負けて良い戦などないだろう。そう思ったが、サフィラスは何も言わなかった。

 アグノティタはサフィラスの顔を見て、少し困った顔をした。


「あなた、本当にわかっているのですか?」

「えっ? 何をですか」

 アグノティタが「ふぅ」と息をつく。


「あなたにはまだ難しいかもしれませんが、あなたも皇太子です。できる限り理解しなさい」

 アグノティタが噛んで含めるように言う。


「今、王宮にはお金が足りません。毎日ルヅラを生み出してはいますが、王族の数が減ったので足りぬのです。ですから、お父様は領土を拡大しようとしました。領土を拡大すると、収益が増えますからね。この戦は絶対に勝たねばならぬのです」


 サフィラスは「はぁ」と言った。

「ちゃんと聞いていますか?」

「聞いていますよ。でも姉様。戦をしたら、もっとお金がかかるのではありませんか?」

「勿論です。戦にはとてもお金がかかります。ですから、尚更負けられぬのです」


「では、戦以外の方法でお金を儲けた方がいいのではありませんか?」

「は?」

「我々王家にはルヅラという元手があります。その元手を使って、資本を増やすのです。経済の基礎ですよ」

「王家に商売をしろと言うのですか⁉︎」


 カルディア王国において、商人の地位は低い。カーストの一番上には王家が鎮座し、順に貴族、農民、工民、商人となっている。


「天主アンガーラは言いました。利益を求めてはならないと」

 アグノティタは経典の一部をそらんじた。


 カルディア王国の人々が信仰する天主アンガーラの言葉の中に、利益を求めずという一説がある。

 その為、利益を追求する商人は卑しい存在だとされていた。


 しかし実質カルディア王国において、一番裕福なのは商人であった。

 彼らは思いもよらない方法で、巨万の富を築き上げる。彼らは金銭を増やすプロなのだ。


「でも、戦だって収益を増やす為にしているのでしょう? 同じですよ」

「同じではありません。そもそもあの土地は──」

「でも、さっき姉様はそう言いましたよ?」

 アグノティタは言葉に詰まった。


「それに、利益を求めているのは、商人たちだけではありません」

 アグノティタが怪訝な顔をする。

「どういうことですか?」


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