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天使のように

「それで、何処へ行っていたのです」

 アグノティタはカウチに背をあずけた。

 長く体を起こしているのに疲れたのだ。ただでさえ今日は疲れている。


「店の名前はわかりません。ネブラ叔父様が連れて行ってくれました」

「ネブラ叔父様が?」

「はい」


 サフィラスは天使のように愛らしい顔でニコニコとうなずいた。

(怒られているというのに、この子は何がそんなに嬉しいのかしら?)


 アグノティタは呆れた。

(それとも、そんなに楽しいところへ行ってきたのかしら?)

 だとしたら、一緒に行きたかったと思った。楽しいことをしている時のサフィラスは、本当に可愛いのだ。


「楽しかったですか?」

「いいえ、ちっとも。ネブラ叔父様が冒険だと言ったのです。でも冒険なんてひとつもありませんでした。車で食堂みたいなところへ行って、ご飯を食べただけです。叔父様はお酒を呑んでいました」

「あなたは呑んでいないでしょうね?」

「もちろんです。そんなことをしたら姉様に叱られます」


 アグノティタはため息をついた。

「私に怒られるとか怒られないとか、そんなことは関係ありません。してはならぬことを、してはならぬのです」

「はい。勿論承知しております」


 サフィラスは微笑んだまま、両手を後ろに組んでうなずいた。

(まったく、この子は……)

 アグノティタは心配して損をしたと思った。



 アグノティタは、披露宴の途中で姿を消したサフィラスをずっと探していたのだ。

 主賓なので、何度も抜け出すことは許されない。


 しかし、傷ついた顔をして控え室を去ったサフィラスの顔が忘れられず、何度もサフィラスを探しに出た。

 そして頼んでいた従者からサフィラスが戻ったと聞き、急いで抜け出したのだ。


 ちょうど宴もたけなわになり、主賓を置き去りに盛り上がってきたところだ。今なら抜け出したところで、誰も気付かないだろう。

 そう思い、必死に抜け出してきたというのに──


 怒られている時に、もじもじするのは幼い頃からの癖だ。

 ちっとも治っていないので、幼い頃の姿と重なり、思わず笑ってしまった。



「外の料理に興味があったのですか?」

 アグノティタに聞かれ、サフィラスは困った。別にそういうわけではないからだ。

 しかしそれなら何故ネブラに付いて行ったかと聞かれると困る。

 皆に祝福されるアグノティタを見るのが辛くなったなどと、答えられない。


「はい、そうです」

 サフィラスは満面の笑みで答えた。


「サフィラス。王宮で出される料理を食べるのは、王族としての義務のひとつです。良いルヅラを作る為に必要なことです」

「はい、わかっています」

「出された料理は全て食べなければなりません。でも、それを食べた上でなら、何を食べてもかまいません」


 サフィラスはアグノティタの言いたいことがわからず、首をかしげた。


「城の中でです。城の中ででしたら、どんな料理でも食べさせてあげましょう。どんな大衆的な料理であっても」

「はぁ……」

「希望があるならおっしゃいなさい。厨房に話をつけましょう」


(うーん。困ったなぁ。食べたいものなんて特にないのに……)

 サフィラスは少し考えたが、しばらくして名案が浮かんだ。


「そうだ! 姉様は、どんな料理が好きですか?」

「わたくしですか?」

「はい!」

 アグノティタの眉間に皺がよる。


「わたくしの食べたい物ではありません」

「どのような料理があるのか知らないのです。希望の出しようがありません」

 アグノティタの眉間から、皺が消える。


「そういえば……そうですね」

「じつを言うと、外の料理、あまり美味しくありませんでした。だからどんな物が美味しいか、教えて下さい!」


 アグノティタはしばし考えるそぶりをみせた。

「わたくしは甘い物が好きです。でもサフィラスは男の子ですから、お肉の方が良いかしら?」

「甘い物ですか!」


 アグノティタと好きな料理の話をするのは初めてだ。

 好きな人の好みを知れるのは、大変楽しい。


 しかし、ふと気付く。

 王宮の料理はどれも不味くて、食事の時間はいつも拷問のようだった。

「姉様は、どこで甘い物など食べたのですか?」


 アグノティタは、小さな声で「うっ!」と言った。


「両方用意させましょう。きっと気に入りますよ」

 アグノティタはにっこり微笑んだ。

 それだけで、サフィラスは天にも昇るほど嬉しくなった。


「でも今日はもう遅いですからね。また今度です」

「はい。姉様」


 最後にアグノティタは釘を刺すように言った。

「勝手に城の外へ出てはいけませんよ。例え他の王族が一緒でもです。城の外は、あなたの知らない危険で溢れているのですから」


 アグノティタはカウチから起き上がると、サフィラスの額にキスをした。

「おやすみさない、サフィラス」


 サフィラスがうっとりと見上げる。

「おやすみなさい、姉様」

 サフィラスはいつまでも額の余韻に浸り続けた。


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