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第七話 戦とは

「よぉ、ご苦労さん。」

一人の雑兵がもう一人に後ろから声を掛ける。


「ん、もう交代の時間か。」


「どうだ、向こうに動きはあったか。」


「何にも。」


夜中の真っ只中。

降りしきる雨のせいか城の中にもぽつぽつと明かりが灯されているのみ。

頼りにできるのは、小さな灯明皿と月明かりだけ。


「この雨じゃ、何か起こる方がおかしいか。城の中に居た方がどう考えたって安全だもんな。」


「じゃ、見張り頼んだわ。火は絶やさないようにしろよ。一人で大丈夫か?」


「おうともよ。さっさと帰れ、風邪ひくぞ。」


一人になって数分が経過した。

すると、ガシャ ガシャという物音が突如し出したのだ。


「あん、まだお前かえってなかったのか?」


そう言って振り返るがそこには誰もいない。

どうやらこの物音は違う所からのもののようだ。


ガシャッ ガシャッとその音は段々と大きくなっていく。


「こっちから音が…まさか、敵か。」


男は音のする方に目を凝らして見つめる。

手に持った明かりを消さないように体で上手く覆いながら、そっと音のなる方に向けた。

必然と槍を握る手の力が強くなる。


一瞬、暗闇に何かが光るのを男は確認した。

男はすぐにそれが何か分かった。


「く、鍬形…」


男は自陣に一目散に逃げる。

自陣が近くなってきたところで叫んだ。


「敵襲、敵襲だぁーーーー」


それは、陣の奥で休息を取っていた勝頼の耳に入るくらいの大きさだった。




「敵襲だと?」


俺は慌てて立ち上がった。じいが兜を渡してきたのでそれを急いで被る。


「敵が来るのか?」 「やばい、逃げないと。」

味方の兵たちは早くも混乱状態だ。

くっ、どうすれば…


「ええい、静まれい。」

智晴がドンと自慢の鉄柄てつえ薙刀なぎなたを地面に突き刺す。


「我らは戦いに来たのじゃ。そして我らの使命は死を賭して勝頼様を守ること。

 敵と刀を交える前に主君を捨て自らの身のために逃げるなど言語道断。そのような不届き者は儂がこの手で斬り捨ててやるわ。」


さっきまでの狂乱状態が嘘かのように静まり返った。

敵兵よりも智晴の方がよっぽど恐ろしいと見たか。

手荒すぎるが戦場ではこういう奴が居てくれるとまじで心強い。


そうだ、まずは総大将の俺がしっかりしないと。味方を不安にさせるだけだ。


「みんな、落ち着いて聞け。まだ本当に敵が襲ってくるかは分からん。

 退路を確保しつつ、間を取って押しつぶされないようにしろ。」


俺は刀を抜いて空に突き刺し、目一杯声を張り上げた。

その直後、緩やかな傾斜のある山側から敵兵が押し寄せてきた。


掛かれーぃという敵将の声が響き渡る。


先陣は必死の形相ぎょうそうで襲い掛かってくる。

味方の兵もここは通すわけにはいかないと応戦するが、漏れて何人かが襲ってくる。


「勝頼ぃ、覚悟ぉー」


俺も太刀を抜いて身構える。いよいよホントの斬り合いだ。


「雑魚がぁ、」


俺の前に立っていた智晴が三人まとめて斬り捨てた。


「ぐわぁっ」


俺の足元に切り落とされた腕が転がってくる。

それを見た瞬間、眩暈めまいが襲ってくる。


「おえっ」

俺は吐いてしまった。


まじかよ。グロすぎる。

俺は結局胃の中にあるもの全てを戻してしまった。

戦国の時代だ。こんなのは当たり前だと分かっていても、やはり衝撃的だ。


「若、下がっていてくださいませ。」


じいが俺を庇うように立つ。


「げほっ、げほっ すまぬ。」


じいは俺が後ろに下がるのを確認したらすぐに敵兵に斬りかかっていった。

バタバタとなぎ倒す。さすがだ。

俺は戦闘を目の前にして後ろから見ていることしかできない。


戦を甘く見過ぎていた。

悔しくて涙が浮かんでくる。


信長を倒すなんて言っといて目前の雑兵一人すら倒せないのかよ…


「殿、こちらに」

小姓の一人が逃げるようにと腰を抜かして動けない俺に手を差し伸べてくれた。


俺は涙を拭ってその手に掴まって何とか立ち上がる。その時、ふと視線をじいに移した。


目の前に飛び込んできたのは、先ほどの片腕を切り落とされた雑兵。落ちている刀を拾い、じいに斬りかかろうとしている。

じいはそれに気づいていない。


何かを考えられる余裕もなかった。

でも、じいを死なせられない。

その一心で駆け寄って太刀を投げるかのように右手だけで雑兵を斬りつけた。


間に合え


じいに斬りかかる寸前で手に肉を切る感覚が伝わってきた。間に合った。

とてつもなく嫌な感覚が体全体に伝わる。


ズシャァ 顔から腹にかけて斬りつけられた雑兵は仰向けに倒れる。


俺はまたも呆然とそれを見つめる

人を殺したのか。この手で…


戦が始まる前はこんなこと考えもしなかった。

でも、生死に晒された今その感情は不思議とこみあげてくる。


「若、お見事でござる。」


じいのその一言で俺は正気に戻った。

そうだ、ここは戦場なんだ。やらなければやられる。

じいを守れた。この感情の対価はこれで十分だ。


ふぅーと息を大きく吐く。


俺は覚悟を決めた。

太刀を両手に持ち、敵に斬りかかっていく。


俺は戦わなければいけない。

一人の武士として。

武田勝頼として。


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