第二話 父上からの手紙
「若様、お館様から文が届いておりますぞ。」
「父上から?」
朝の剣術の稽古を終え、汗が浮き火照った身体を手拭で拭いていたところに、重政が一通の手紙と共に大きな重箱に入った何かを持ってきた。
お館様っていうのは父上こと武田信玄その人である。躑躅ヶ崎の館に住んでるからそう呼ばれているんだろうな。
あの武田信玄から手紙を貰うなんて俺も偉くなったな。ハハハ…
向こう(平成・令和)の時代で父から子どもへの手紙と言えば、
「元気にしていますか?」、「体調管理をしっかりしてくださいね。」といったような
子への無償の愛を文章にしたモノだが、あの人に限ってそんなことは絶対に有り得ない。
つい先日も、「稽古中に頭を打って気を失うとは何事だ。戦場では死を意味する。」とのことで毎日素振り500回を命じられたばっかりである。
この時代の人間は、子育てにめっちゃ厳しいのである。
「じい、捨てといて」
「んな、何てことを仰いますか。お館様からの贈物を捨てろなど…」
「はいはい、分かりましたよ。」
じいっていうのは俺から重政への呼称である。戦国家老あるあるだろう。
俺は渋々、じいこと重政から手紙と重箱を受け取った。重箱は中々に重い。
真っ先に重箱を開ける。こういうものは嫌な方をあとに残しておくのがセオリーである。
パカッ
「これは…桃?」
桃である。見た目は至って普通の桃。
あの人から今までもらった贈物なんて敵将の討ち取った髑髏や、血痕のついた短刀とかだっただけに警戒していたが、これは一体…?
「お、これは美味そうな桃でございますな。」
じいが後ろから覗いてきて、いくつか手に取る。
「しかし、いくつかまだ固いですな。あと、2~3日すれば…」
「だけど、桃って今がシーズンだっけ? もっと先のような気がするけど。」
「しーずん?ですとな? 何でございますか、それは。」
「いや、何でもない。」
この桃が何を意味するの現代とこの時代では気候の関係とかあるんだろう。多分。
しかし、なんで桃を送ってきたのかはわからない。単なる親心からなのか。それとも別の深い意味があるのだろうか。
さて、そんなことよりも問題はこっちだ。
左手にはまだ未開封の手紙が残っている。
マジで通知表を見る時よりも緊張する。
「・・・・・・・」
「何と書いてあるのでございますか。」
「躑躅ヶ崎の館に来いってさ。」
「それだけでございますか?」
「それだけ。」
あまりに単純すぎるもので思わず二人ともきょとんとした表情だ。
どこか腑に落ちない俺だった。
その後、じいと二人でまだあまり甘くないであろう桃を口にした。
硬さの割に早熟れで意外にも甘かった。